SatoshiFujiwara

四月の永い夢のSatoshiFujiwaraのレビュー・感想・評価

四月の永い夢(2017年製作の映画)
4.0
音楽だけ聴いていると落ち込むことがあるっていうか、でも同じ曲でもラジオで聞くと、元気になれる気がするんです。蕎麦屋のアルバイト中に知り合った手ぬぐい職人の志熊(三浦貴大)に「ラジオを聴くのが趣味なんて、渋いですね」と言われた後、明るく答える初海(朝倉あき)。

夏祭りの日、空に打ち上げられる花火が遠くから見渡せるアルバイト先の蕎麦屋のベランダでささやかに盛り上がる初海と蕎麦屋の女店主、その友人知人たち。帰り道にイヤフォンで音楽を聴きながらついつい足取りも軽やかに小躍りしながらも、その音楽がふと途絶えた時カメラは寂しいような表情で立ち尽くし、何かに取り残され涙を流さんばかりの初海の表情を短く捉える。ピチカート・ファイヴのとある歌の歌詞を思い出す、「きみみたいに きれいな女の子が どうして泣いてるの」

言語化しにくい繊細な感情の変化やありようを柔らかく掬い取る本作の手付きは非常に尊いものだ。やや古びたアパートに住む初海は、実家から持って来たであろうその若さに似合わないような古時計を使い、テレビは持たず、ラジオを聴くのが趣味で、休みの日は恐らく名画座であろう映画館で『カサブランカ』に熱心に見入りイングリッド・バーグマンの美しさに嘆息する。浴衣が似合い、いかにも昔ながらの銭湯を好み、志熊が染めた手ぬぐいに感嘆する。古風と言うか、昭和的とでも言うか。

3年前に最愛の恋人を亡くしたことの喪失感が未だにどこか自分の人生に対して抑制的に、何かのめり込めずに臆病になっているだろう初海だが、恐らくはその恋人が亡くなった季節であろう春、満開の桜の中で喪服を着て立ち尽くす初海が冒頭と中盤に映し出される。しかし最後には普通の出で立ちで初夏の深い緑に覆われた同じ場所に立つ初海が登場し、そこには初音が新しい世界に足を踏み入れるささやかな予兆がある(ここだけズームと後方へのトラッキングを併用しているがそれは目覚ましい効果を生む。本作でほぼ唯一のトリッキーな撮影)。

富山までかつての恋人の両親に会いに行ったその帰り、ふと立ち寄った食堂で偶然耳にするラジオから流れる音楽、そのリクエスト主であるリスナーのコメントは初海を新たな世界へ誘い込むが、ここで初海の中で何かが変わったのは明白である。そして映画は潔く終わる。

しみじみと美しく奥床しい、愛さずにはいられない作品。なんのこっちゃよく分からん文章かも知らんが、観れば多分わかります。
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