ようすけ

寝ても覚めてものようすけのレビュー・感想・評価

寝ても覚めても(2018年製作の映画)
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「愛した相手が全く同じ顔の二人だったなら、、いったいどちらを選ぶのか」
この映画はきっと賛否両論なのではないだろうか
私は大好きな映画です!『愛がなんだ』に少し近い気がします
あとバイクの事故のシーンは主演の子がソニー損保のCMに出ているからですかね?

主人公の朝子がある日突然であったのはかつての恋人であり彼女の前から突然姿を消した麦(ばく)にうり二つの顔をした亮平という男だった。朝子は麦とのつらい過去を振り切れず、亮平と距離を置こうとするが二人はどうしても惹かれあい交際を開始する、、、

この映画の主人公は朝子であり、原作の小説では彼女の一人称で描かれているが、本作では物語の三分の一は亮平の目線で描かれている。恐らくもし映画も朝子の目線で描かれていたらきっと見る人は感情移入が全くできなかったのではないだろうか。それほど朝子の行動は中々にぶっ飛んでる。全体を通して、なれそめが雑な気がするがそこはメインの部分ではないのでご愛敬。

この映画での一番の共感のポイントは亮平の朝子に対する不安にある。亮平はある時かつて自分と顔がそっくりのほかの男と付き合っていたことを知るのだが、その時亮平は「本当はまだ麦のことが好きで、その彼と顔が似ているという理由で朝子は自分と付き合っているのではないか。いつかあいつのもとへ行ってしまうのではないか。」という不安を抱く。
こういった悩みは多くの人が一度は抱えたことがあるのではないだろうか。彼氏、彼女は自分のどこが好きなのか?ルックス?年収?学歴?自分という人間は本当に好かれているのか?
そんな悩みをドッペルゲンガー的要素を用いて表現していると思う。

麦は悪夢を食らう獏と掛かっているのだろうけど、結局朝子を迎えに来た麦を彼女が拒んだ理由は、亮平との日々が悪夢ではなかったからなんだろうな
それでも元のような生活に戻れないのは、いい夢を見た後にもう一度眠りについてもおんなじ夢をみれないのと同じだろう。

また監督は原作にはなかった東日本大震災のシーンを入れた理由として、震災を「最大の他者」として扱いたかったからである、とインタビュー記事で語っていたのを見たことがある。普段繋がりのない他者が、あるきっかけを通して意識上の存在になる。その最たる例として東日本大震災を扱ったと言っていた。
そして監督は最も身近な他者は自分自身だとも語っていた。
朝子は亮平と過ごす間、まるで暗示でもかけるかのように「亮平が好き」と言う。そして自分が本当に麦のことを忘れ、亮平を愛するようになったのだと錯覚する。じっさい朝子は麦が数年ぶりに姿を現したことで”自分””という他者の存在を始めて意識し、自分の中にまだ麦の存在が色濃く残っていたことを認識する。そうやって自分に気づくことで、ようやく亮平が自分にとってどれだけかけがえのない存在であるのかということを知ることができたのだと思う。

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ようすけ

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