映画館で観た時も衝撃的だったけど、久しぶりにWOWOWで見直して良かった☺️
この映画は『怒り』について描いていて、怒りとは何かについて真面目に追求してると思う🤔
私から見てあの看板にあるのは、、、
👇🏻以下ネタバレ注意⚠
――――
ミルドレッドの『自分が娘に「レイプされちまえばいい」と言い放ったまんま「そうなってしまった」』事に対する怒りなんだと思う。やりようのない、後悔の念でもある。
人って自分の非を自分自身に向ける自傷行為をしたり(傷つけるだけではなく)、もしくは何かに投影して、自分として眺めて「傷つけたい」もんだし、責任転嫁とはソレなんだと思う。
【起きてしまったことは仕方の無いこと】は全てにおいて言える。だからこそ、原因と今後の対策を考えて人は知恵を付けたり、経験を積んでいく。でも、
ミルドレッドはそれを警察のせいにすることで消化していたんだと思う。
みんな心の何処かで【何が原因か、何が悪いのか】は分かっている。
しかし、
“自分とその他の因果関係”は不思議で面白い事に『自分が意識する』ことによって→繋がってしまうので、皮肉にも警察署長は自殺してしまう。
が!その自殺こそがそれぞれの《心を動かす》ことになる。これも因果の法則性にもとずいている。
警察署長は『死』を間近に、死ぬ事を受け入れてるからこそ、人の持つ善の部分と悪の部分のコントラストが読めるのだとも思う。
それほどまでに人が《生きること》で『見失っていること』は多いのだろう。死を目前に出来るから、人の持つ善し悪しを窘めることも出来る。
そうやってバランスが整っていく。
警察署長の死によって、衝撃を受けた人はそれぞれが『反動』を放ち、自分らしく生きる上で【ゼロ】に戻される。
まさに創造と破壊だ🌠
そして【怒り】に対し打ち勝つもの、怒りを消化する唯一の方法とは⁉️
《赦し》だ。許すことは他人だけではなく、まず自らが相手を許すことを赦すことなのだ。
【赦しこそが愛であること】その教えが詰まっている🥰
ミルドレッドは行き場のない自分への怒り、自らを許すことをディクソンから見出し、ディクソンは自らの弱点を警察署長から教わり、ウェブリーからのオレンジジュースによって昇華する⤴️
複雑な人間の心のあり方を上手く描いていたし、アメリカのネガティブな問題を絡めてましたね👍
最後はCHAGE and ASKAの『Ya-Ya-yah』でが流れたら個人的には嬉しいくらいで、「今から一緒に、これから一緒に、殴りに行こうか〜🎶」とあったらサイコーでした(大笑)
追記:
ちなみにスリービルボードとミルドレッド、ディクソン、警察署長の3は『トリニティー』であります。三位一体を表していて、父と子と精霊のイメージかな。