SatoshiFujiwara

ライオンは今夜死ぬのSatoshiFujiwaraのレビュー・感想・評価

ライオンは今夜死ぬ(2017年製作の映画)
4.3
かつての張りのある声はくぐもり、目は落ち窪み、腹は膨らもうがレオーはレオーであって、致し方ない事情によって映画撮影が中断せざるを得なくなった合間にどこ知れず目的もなくさまようレオー演じる映画俳優ジャンの飄々とした無指向性の極みたる佇まいの何という素晴らしさ。ヴェンダースの『ベルリン・天使の詩』にはピーター・フォーク演じる「天使」がベルリンを「Spazieren(散歩する)」とドイツ語でぶつくさつぶやきながら徘徊する印象的なシーンがあるが、あれと双璧だろう。木々に囲まれ鳥のさえずりに包まれながらふらふらと歩くうちに屋敷の中に吸い込まれて行く辺りの緩やかな運動感。

ジャンは映画内映画において死を演じなくてはならない。実際に老年期にあるレオー、そして映画内での老境にある俳優ジャンにとって死はさほど先のことでもあるまい。従容として死に就く、と言えばそれはいわば恐怖を乗り越えた後の平安というニュアンスが含まれるだろう。しかしジャンは「死は出会いなんだ」と語る。そこには最初からペシミスティックな雰囲気など微塵もない。あるいは「人生は70歳から80歳が1番大切なんだ」とも。映画は冒頭で死を演じようとしながら上手く行かない、というジャンの表情ををクローズアップで捉えるが、ラストでも同様に死にゆくシーンが演じられる。そこでは1度目の演技を監督に「完璧だ」と言われながらももう1度演じることを希望したのち、死にゆくはずの男の目がカッと見開かれたまま映画は終わる。このシーンに本作のキモがあまりに見事に露呈しているのではないか。

子供達と出会い、ユキと出会い(『ユキとニナ』のユキだという!)、かつての死んだ恋人ジュリエッタと出会い、昔の友人に出会い、そしてライオンにすら出会うジャン。「人生は70歳から80歳が1番大切なんだ」。観た後には何とも言えぬ多幸感に包まれる映画だ、死がテーマなのに。

(付記)しかしイザベル・ヴェンガルテンの登場には心が掻き乱されますよね。ブレッソンの『白夜』の、何より他ならぬレオーと共演したあの大傑作、ユスターシュの『ママと娼婦』のヴェンガルテンですよ。
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