糸くず

ライフ・アンド・ナッシング・モアの糸くずのレビュー・感想・評価

4.5
この映画で、少年アンドリューの身にいいことはほとんど起きない。家は貧しく、母は仕事で忙しい。父は刑務所の中。母に言い寄る男は妻子持ち。アンドリュー自身も保護観察中。友達も悪がきばかりだ。気になった女の子に話しかけても反応はなく、公園でただ座っていただけで白人の男にやんわりと「出ていけ」と言われる。

映画の中盤に、父親からアンドリューへ手紙が届く。その手紙の中で父親は語る。「人は配られた手札で勝負するしかない」。しかし、配られた手札が最悪だったら? おまけに、ポーカーは何度でもできるが、人生は一回しかない。八方ふさがりのアンドリュー。

しかし、この映画は優しい映画なのである。これは、驚くべきことである。別に「強く生きろ」と声高に叫んでいるわけではない。アンドリューに明るい未来が保障されるわけでもない。それでも、この映画には「前を向いて生きるしかない」というメッセージが諦念を含まずに息づいている。

この映画は長回しを中心としたスタイルであるが、それは単なるテクニックというより、「今、ここ」に生きる人々の息遣いをありのままに記録しようとする意志そのものだ。妹を抱えて歩くアンドリュー、公園を去っていくアンドリューの後ろ姿。監督はQ&Aで『自転車泥棒』の脚本家サバティーニの言葉を出して、脚本に囚われすぎずに人生を見つめることの重要性を語っていたが、この映画はまさに「21世紀のネオレアリズモ」と言ってもよいのではないか。傑作である。
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