Genichiro

FAKE ディレクターズ・カット版のGenichiroのレビュー・感想・評価

3.7
森達也、最悪の人間なんだけどこういう作品を見ると最悪の人間にしか撮れない何かはある…と思ってしまう。この手の問題は劇映画にもあるんだけど、ドキュメンタリーは比較にならない重さだな。いやー面白かったけど疲れた。ドキュメンタリーは基本的に現実のイシューを取り扱っており、見てる側は作品を見ることでそれに向き合うことになるので劇映画を見るときとは全く違う緊張感を味わうことになる。それだけでも大変なのに、撮影者の作為というものを考え出すとほんとに疲れる。ドキュメンタリーを撮っている人間が信用できなかったらどう見ればいいのか、しかしそういうことは残念ながら珍しいことではない。森達也や想田和弘が異常者であるということは個人の問題というだけでなく、ドキュメンタリーが孕む構造的な問題そのものであろう(もちろん誠実な作家もたくさんいる)。今作を見るにあたって森達也の設定したアングルは必ず意識しなければならない。公開当時の記事とか色々読めばわかるけど、今作で佐村河内はかなり自分に都合のいいように問題設定をすり替えている。「障害手帳のもらえなかっただけで、聴覚に問題があるのは事実」という主張が作中で何度も語られるが、そもそも全聾作曲家というストーリーを敷いたのは佐村河内本人だ。まず佐村河内そのものが不穏、そして取材に来るテレビディレクターたちに向けられたカメラの不穏さ、これが凄まじい。彼らは2014年の年末特番に向けたオファーを出している。これまた全然関係ないんだけど、おぎやはぎ司会の特番の映像は彼らがMC側の立場にまわってからの嫌な感じが詰まってる。佐村河内が席を立ったタイミングでディレクターかコーヒーを飲む場面のなんとも言えない緊張感&おかしみ。トルコ行進曲のリズムを刻む場面の不穏さ、すごい。どうでもいい話だけど、よその家のハンバーグってなんで美味しそうに見えるんだろ。たびたび映る猫に撮影者の意識が投影される。雑誌ジャーナリズム大賞のプレゼンターが森達也、マッチポンプっぷりにウケた。ポスターの写真、紅白でゴールデンボンバーと共演する新垣隆を見る佐村河内だということがわかって驚愕。ラスト12分、衝撃でもなんでもない。佐村河内が全く楽器を弾けないというわけでもないことは経歴からわかる。(完全に自分のせいではあるが)一度挫折した男がもう一度自らの手で作曲に向かうという姿はちょっと良かった。そして、全く主体性のない新垣隆の才覚を引き出したプロデューサーとしての佐村河内守、という視点で見るとまた面白くなってくる。
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