七沖

志乃ちゃんは自分の名前が言えないの七沖のレビュー・感想・評価

3.9
〝伝わらなくてもいい。
伝えたいと思ったーー。〟
原作マンガが好きで、この映画も楽しみにしていた。吃音を持つ主人公・志乃の心情の移り変わりを表すキャッチコピーが、鑑賞後だとなおさら胸に刺さる。

重い吃音を抱えてクラスで孤立していた志乃は、クラスメイトでミュージシャン志望の加代と知り合い、親しくなって路上でバンド活動を始める。普通の会話は苦手でも歌なら上手く歌える志乃は次第に明るくなっていくが、同じクラスでかつて志乃の吃音を馬鹿にした男子・菊地がバンドに入りたいと言い出し、志乃と加代の関係が変わっていく…というストーリー。

「その喋れないの、何?」
徐々に自分の自己紹介の番が近づいてくるのをプレッシャーに感じる冒頭シーンが印象的。今どき志乃の吃音をあそこまで馬鹿にする高校生はいないと信じたいが、原作者の実体験がベースになっているらしく、いたたまれない。同じクラスに志乃がいたら、自分はどう接するだろうかと思わず考えてしまった。

加代と知り合ってバンド活動を始める辺りは、二人が本当に幸せそうで、序盤の重苦しさを吹き飛ばしてくれた。帰りのバスで、お互いもたれ合って眠る姿が可愛らしい。
そして、空気の読めない男子・菊地がバンドに入りたいと言い出したことで、二人の関係は激変していく。
志乃の振る舞いは嫉妬のようにも見える。多分そういう部分もあるとは思うが、ああいう菊地のようなタイプの人との接し方に慣れておらず、無条件で引いてしまったのだと思う。菊地がもっと静かで思いやりのある男だったら結果も変わってきたかもしれない。
理由も分からないまま離れていく志乃を受け止める加代が立派過ぎて、ここは加代もキレていいんじゃないかと思った。

それでも、ラストの文化祭での告白は素晴らしく良かった。加代はもちろんいい奴だが、菊地…お前もいい奴じゃないか!
志乃の顔面をぐしゃぐしゃにした心からの主張が圧巻。
「私だって喋れさえすれば…! 馬鹿にしないで!」

ラストシーンは原作とは違うが、これはこれでアリだと思う。ずっと吃音から逃げてきた志乃が、最後の最後に勇気を振り絞った結果として、充分納得できるエンディングだった。

海が近い沼津の開放感ある景気の中で繰り広げられる、瑞々しい青春映画だった。
七沖

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