見終わったあと、ポスターを改めて見てみる。
縁側でくっついて手を繋いで、幸せそうな家族そのもの。すっごく良い笑顔。
この笑顔を奪ったのは一体誰なんだろう?
行政なのか、「本物の」家族なのか、それとも彼ら自身の選択なのか。
私には見えていないだけで、彼らのように綺麗に線引きできない曖昧な生き方をしている人たちって絶対、絶対存在している。
見えない人たち、聞こえない声を描いている作品なはずなのに、不思議と既視感にあふれていた。
万引き集団じゃなくて、
万引き家族
という表現がやっぱりしっくりくるなぁ
寄り添って、抱き合って、
歯が抜けたら屋根に投げて
夏はやっぱりそうめんだよなー
って笑い合って、
花火大会の日、音しか聞こえないのに
みんなで空見上げて
何か嫌なことあったの?て心配して、
好きで一緒にいるんだなぁっていうのが嫌でも伝わる人たち
それでもルール上は家族じゃない。
「あなたは彼女に何て呼ばれてたんですか?ママ?お母さん?」
「何だろうね」
産んだからお母さんになるわけじゃないし、お母さんと呼ばれないから家族じゃないわけでもない。
この家族も、一部だけど周りの人もちゃんと優しい。
相手の喜ぶことを自然とするし、母は子供を、兄は妹を、孫は祖母を、守ろうとする。大切にしている。
自分のすることが良いことなのか、悪いことなのか。考えるしその上で選択して生きている。
「この家族の中で生きていくこと」に対する責任のようにも感じた。
とても惹きこまれて、一瞬に感じた。
「家族」という言葉の曖昧さを知った。