文字

父、帰るの文字のレビュー・感想・評価

父、帰る(2003年製作の映画)
4.8
ズビャギンツェフによる初監督作品。原題は≪возвращение (帰還)≫。再来という意味があることにも着目したい。
伏線をたくさん貼るだけ貼っといてその多くが明かされないまま作品は閉じられる。作品はあまりに唐突に結末を迎えるので、まるで製作者もこの結末を予期していなかったのではないかという考えに図らずともとらわれてしまう。また、つねに受動的に作品と向き合うことを強いられる私たち鑑賞者には、観終わった後にも依然として若干の後味の悪さと謎が残る。
脚本に魅せられた。作品の作り手は通常、その作品に込める主題の本質と同時にそれをいかに描くかという技術面での想像力を働かせるが、多くの場合その作品に対する能動的な想像力に対する思惟に鑑賞者が到達するという経験は僅少であるようにも思う。ところがこの作品では作り手に対する思いなしをしてしまった。作品を綺麗に閉じたいという欲望や、伏線を明らかにしたいという欲望を、おそらく誰もが抱えるであろうタナトスが超自我となって抑え込んだのだろうか。作り手も含め、この作品という対象に対して距離を取ることができる者はいるのだろうか。そんなことを考えた。
イヴァン・カラマーゾフのあの言葉が脳裏に浮かぶ。そういえば似ても似つかないがこの作品の次男の名前もイヴァンだった。彼に対する父の、愛称での呼びかけは、この上なく優しかった。
強くあることを強いられる存在からの突然の悲劇的な解放が、現実を前に殊更に強く在ることを要求する。このジレンマが観ていてとても苦しかった。
無意識のうちに溜め込まれた罪責感を、見透かされたような気がした。どきりとした。二度目の喪失が意味するものは何か。想像は不埒だ。
文字

文字