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COLD WAR あの歌、2つの心のSadAhCowのレビュー・感想・評価

COLD WAR あの歌、2つの心(2018年製作の映画)
5.0
2022 年 42 本目

冷戦に引き裂かれる男女の愛! 的な物語を想像してたら全然引き裂かれてねえ、ってか冷戦がただの背景になってしまうくらい奔放な色恋沙汰の話でしたとさ。あのガールいいね〜からいきなりおっぱじまるとはどこの悪徳プロデューサーや! って始まりからまさかの亡命すっぽかし、パリでおシャンに合流したら女は男の仕事相手の別の女が気に入らずポーランドにサヨナラ帰国、止せばいいのに女を追いかけていった男は収容所、でも共産党のお偉いさんの奥方になっていた女の手引で無事脱出、旦那も子供も捨てた女は男と共に逃避行、最後は思い出の教会跡地で愛を誓って「向こう側」に行くのであった。なお「向こう側」にあたるポーランド語は druga strona(ドゥルーガ・ストローナ)なのだが、英語の other side と似た表現で、「あの世」という意味がある。しかしボニー & クライドよろしく犯罪行為上等で欧州を股にかけたリア充2人に明日はないのであった。完。

うーんまとめてみれば結構かんたんな話なのだが、いかんせん映像がイケてる & 話の端折り方上手すぎてすげえ & 役者陣魅力ありすぎで、まったく飽きずに見られる映画である。戦後のポーランドは単一民族国家を掲げて国内の少数民族に対し非常に抑圧的な政策を取っていた。スターリン時代は例外的にそうした少数民族の文化が保護されていたわけだが、映画内でも描かれるように、あくまで社会主義プロパガンダの「道具」として保護されていた。何かと言えば「悲劇の国」として語られがちなポーランドの黒歴史である。ってか中世とかから見ていくと、実はポーランドがウクライナや周辺民族を抑圧していた時代の方が長いんだけどね……。

物語冒頭に出てくるレムコ人もそうした少数民族のひとつなのだが、第二次大戦終結前後のどさくさでポーランド人に土地を奪われたり強制移住させられたり、まあロクな目に遭っていない。レムコ人は宗教的にはユニエイト、つまり中身はカトリックだけど正教会の典礼を用いるというちょっと独特の宗派に属する人が多い。本作でキーポイントとなっている教会跡地も、屋根の形などを見るとおそらくユニエイトかなと思われる(少なくとも典型的なカトリックの教会ではなさそう)。宗教といえば、ヒロインのズーラは劇中で何度か「自分には信仰がある」ことを告白していて、最後はヴィクトルと共に教会で愛を誓う。社会主義体制は基本的に宗教を否定するので、信仰を大事にするズーラの存在はそれ自体が反体制的でもある。

などという込み入った背景も、おそらく現代のポーランド人(とくに 90 年代以降に生まれた若い世代)にはあまり分からなくなってきているようなのだが、この映画はそのあたりの説明はばっさり切る。共通理解だからわざわざ描いてないというより、「知らんなら知らんで別にええわ」ってスタンスのようだ。なんせ我々が見ているのは、繰り返すが欧州を股にかけるリア充たち……。あ、「股にかける」ってやらしい意味じゃないですよ……。実際には当時の西側・東側をあんなにぴょんぴょん行き来できたわけないのだが、そのへんの面倒くせえもん描写したって確かにしかたがない。収容所で袖の下わたす描写で十分である。時代が激動だろうと平穏だろうと、個人が見る世界はあくまで個人的。その意味ではケネス・ブラナーの『ベルファスト』に似た映画かなと思った。
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