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存在のない子供たちのchiakihayashiのレビュー・感想・評価

存在のない子供たち(2018年製作の映画)
4.7
 レバノンの女性監督ナディーン・ラバキーの長編3作目。
 シリア難民の推定12歳の少年ゼインを主人公に、彼が傷害事件を起こし、少年刑務所からテレビ番組を媒介にして、両親を「自分を産んだ罪」で訴えるに至るというストーリー。

 レバノン内戦の只中で育ったナディーン・ラバキー監督(1974年生)の長編デビュー作(主演も)『キャラメル』(2007)はベイルートの美容室を舞台にささやかな幸せを紡ぎ出そうとする女たちを描き、「イスラーム映画祭2」で見ることができた第2作『私たちはどこに行くの』(2011)はムスリムとクリスチャンが暮らす小さな村で争う男たちに対して女たちが結束して平穏な暮らしを守ろうと奮闘する寓話だった。
 この第3作は一転、ドキュメンタリータッチ。出演しているのも弁護士に扮した監督を除き、実際に不法出稼ぎ移民だったり、子どもを学校にやることはおろか、出生届さえ出せない人たちをストリート・キャスティング。監督は貧困地区や難民施設、少年院、拘置所などのリサーチに3年をかけ、6か月の撮影の間には出演者が実際に逮捕されるといった事件もあった。ラバキー監督のパートナーでこの映画の音楽を担当するだけでなく、プロデュースを手がけたハーレド・ムザンナルは「盗みをしたわけでも他人を傷つけたわけでもないのに、証明書類という紙切れを持っていないだけで拘留されなければならないなんて」と語っている。最終的に520時間となった撮影テープの最初の編集の結果は12時間とも13時間とも。

 なんといっても主役ゼインを演じているゼイン・アル=ラフィーアが素晴らしい。栄養不足でやせっぽちの小さな身体で実に賢くしたたかに、その日その日を懸命に生き抜いている。仲が良かった1歳下の妹が初潮を迎え−−−−察しのいい彼はそのことを親に隠そうとしたのだが−−−−金と引き換えに結婚させられてしまった時、彼は家出する。そんな彼をあばら屋に連れて帰ってくれたシングル・マザーは偽造滞在許可証で働いており、赤ちゃんを仕事場のトイレに隠して(!)掃除婦の仕事をしていたのだった。ところがある日、彼女は家を出たまま戻ってこなかった。不法滞在がバレて拘留されたのだったが、そうとは知らないゼインはまだ歩くのもままならない赤ん坊を連れてなんとか日々をしのごうとしたのだが・・・・・・。そして妹が結婚後ほどなく妊娠し、出血多量で死んだと知ってナイフを手にとったのである。

 ゼイン少年を監督は「彼自身が奇跡」と呼んでいるが、その哀しみを奥深く湛えた瞳はどこか遠くを見る力を携えているようでもあれば、その瞳にあたかも宇宙が覗き込めるかのようでもある。彼をスクリーンで見るだけでも−−−−特にラストシーンは観客へのこのうえない贈り物だ−−−−映画館に駆け付ける値打ちはある。
 ちなみにゼイン少年は監督たちの尽力もあって現在は家族でノルウェーに移住、学校にも通っているという。
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