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ハナレイ・ベイのkのレビュー・感想・評価

ハナレイ・ベイ(2018年製作の映画)
3.5
サメが出ないのでサメ映画ではないんでしょうが、サメ映画として鑑賞しました。シリアスなサメ映画では、サメは常に自然の美しさと恐ろしさの表裏一体で描かれますが、ほとんどのサメ映画はそういった『自然の脅威』にいかに人間が立ち向かうかを主題としています。その意味では、『ソウル・サーファー』は、サメに襲われながらも生き残った人間を中心に据える異色の作品でした。この『ハナレイ・ベイ』は、サメ=自然がもたらす「突然の不在」を情緒溢れるタッチで描いた作品です。『ジョーズ イン ジャパン』や『幻光の果て』で次々とサメ映画の新たな地平を切り開く邦画界から、また凄い作品がやってきました。
本作の主題となっているように、自然災害で亡くなった人は、その突然さ故に「死に支度」が何も出来ません。最期に残す言葉も無く忽然と生者の前から消えるだけで、残された人びとはただそれを受け入れるしかないのですが、その過程には多くの苦難を孕んでいるのでしょう。ハワイの陽気な気候とコントラストを描くように、残されてしまった側の人間の空虚さが映画全体に漂っています。
サメに襲われ一人息子を失った母・サチを演じる吉田羊は感情を表に出すことがほとんどありませんが、息子が亡くなったハナレイ・ベイを毎年訪れてはただビーチで本を読んで過ごします。おそらくそれは彼女なりの葬い、という訳ではなく、訳もわからず死んでしまった息子への訳のわからない想いがそのまま行動に表れていたんでしょうね。
サチはそんな生活を10年も続けます。客観的にみれば長い10年であっても、無言の死人と向き合うにはそれぐらい必要なのかもしれません。時間も空間も浮世離れした世界観の中で、最終的に発露したサチの息子への感情(「私は息子は嫌いだったが、愛していた」)の妙なリアルさが際立っていました。
監督・脚本・演出を務めた松永氏はもちろん村上春樹ではないので、「村上春樹だったら絶対にやらないだろうな」という演出をしていますが、そこはあくまで別物として考えたほうがよいと思います。原作至上主義の方には受け付けないところが多々あるのは事実です。ただ、監督が自分なりにテーマを掘り下げ、40数ページに過ぎない短編をここまで昇華させたのは素直に賞賛すべきだと思います。小説を映像化した時点である程度の陳腐化は避けられませんが、単なる感動ストーリーにしなかったのはとても頑張っているところなのではないでしょうか。教訓や共感を得られる作品ではなく、見る人が見れば空っぽとも思われかねないですが、空気感や雰囲気で乗り切っているところは私としては好印象です。
あくまでサメ映画フリークとして、普通のサメ映画では描かない部分が中心だった故に私には面白く感じました。
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