くまちゃん

プロジェクトX トラクションのくまちゃんのネタバレレビュー・内容・結末

3.9

このレビューはネタバレを含みます

近年のジャッキーは後進の育成に力を入れており、ジャッキー主演映画にも関わらずハードなアクションは若い共演者に割り振り自身は控えめなスタンスを取っている。ジャッキーの肉体は長年酷使した代償として膝も肩もボロボロであり走るのも腕を上げるのも辛い状態にある。それは撮影当時64歳という年齢を考えても当然だろう。そんな状態において今作は久しぶりの高純度なジャッキー映画として楽しむことができる。
「ザ・フォーリナー」を最後に「ポリス・ストーリーREBORN」「ナイト・オブ・シャドー魔法拳」「プロジェクトV」と珍作に出演してきたジャッキー・チェン。
今作では終始ジャッキーが中心におり、新たな相棒ジョン・シナともジャッキー節を利かせた絶妙な掛け合いで相性の良さを見せつける。

監督のスコット・ウォーは元スタントマンである。手掛けた作品はそれほど多くないが「エクスペンダブルズ4」の公開が控えている。

主人公ルオと娘メイの間にあるありきたりな、それでいて複雑なわだかまりや、クリスの父の死に対する罪悪感と弟の死に対する深い悲しみなどヒューマンドラマとして描くならいくらでも掘り下げられる題材が備わっている。しかし、メイは母のことで父に対し憎しみに満ちた言葉を浴びせながら次の瞬間には何事もなかったかのようにルオと共に行動しており、クリスの弟に対する感情は一過性のものに過ぎない。
ジャッキー作品はアクションが充実しているがためドラマ性が陳腐、もしくはキャラクター性に矛盾が生じることが多々ある。「アクシデンタル・スパイ」にて冒頭働いていた第六感なる特殊能力が中盤以降全く登場しなくなるのが良い例だろう。
スコット・ウォーは「ネイビー・シールズ」を撮った際、観客には大いに受け入れられ、批評家からは賛否分かれることとなった。
その中で映画評論家ロジャー・イーバートはアクションに重点を置き、ドラマは重要ではないと評している。
つまりその傾向はジャッキー映画の不規則で支離滅裂なヒューマンパートと合致し福田雄一✕「銀魂」に近い親和性をもたらしている。

ジャッキー映画は常にオリジナリティとテンプレートの連続で構築されている。
ハンドサインを用いた意思疎通の齟齬は「ラッシュアワー2」を彷彿とし娘との不仲は「ポリス・ストーリーレジェンド」を思い出す。手榴弾のピンを誤って抜くのは「プロジェクトA」や「ポリス・ストーリー3」に似た場面がある。
泡まみれやシートベルトは「ツイン・ドラゴン」。ジャッキー映画の何処かで見たことのある既視感の連続は久しぶりにジャッキー・チェンを堪能することができ素直に楽しい。

「ラッシュアワー」ではクリス・タッカー「シャンハイ・ヌーン」ではオーウェン・ウィルソンとバディを組んだジャッキー。両作に通じることだがジャッキーは個人では真面目で強いキャラクターを意識し格好つけ、相棒が登場した途端コメディが強くなる。人といるとどうしてもふざけたくなるのかもしれない。
その流れは今作にも見られ、ジョン・シナとの合流前後でジャッキーのキャラクターが陰から陽へと転じる。

ジャッキーがバディを組む場合、相棒はコメディリリーフを担う場合が多い。実際クリス・タッカーを始め、「メダリオン」でのリー・エヴァンスや「スキップ・トレース」でのジョニー・ノックスヴィルなどコメディアンの起用が多く、今作のジョン・シナのようにマッチョな相棒は意外と珍しい。
ルオがクリスの潜む小屋に単身突入する場面は観客が一番肝を冷やしたことだろう。以前ならどんな激しいバトルが繰り広げられるのか胸が踊ったものだが、60半ばを過ぎた老人に対し筋骨隆々な元プロレスラーが襲ってくるのだ。ジャッキーが殺されてしまう。そう不安になるのは仕方がなかろう。しかし、おそらくスタントダブルは使っているだろうが、年齢を感じさせないテンポの良い殺陣に安堵とともにノスタルジーが染み渡る。
まだジャッキーは終わらない。

「ツイン・ドラゴン」ではシートベルトを未装着だったため敵が死んだ。
今作ではシートベルトにふれる会話が多々あり、後の展開へ繋がることは明白なのだが、それがジョン・シナだったためフロントガラスを突き破っても軽傷というギャグが成り立っている。他の人ならこれほど説得力はもたせられず、ギャグが少しあざとくなってしまったかもしれない。

今作の舞台は砂漠だがこれはジャッキー映画で非常に珍しい。なぜなら何もないから。武器になりそうなもの、アクションに使えそうなものが一切ない。
ジャッキーは常にアクションを構築させるための演算処理を行っている。しかし砂漠には何もない。自然とカーチェイスに頼ることになる。
建物の中では実に様々なアクションで観客を楽しませてくれる。屋内消火栓の消火ホースを投げたり泡消火設備で泡まみれになったり、ここは油田施設、消火設備なら充実している。

ジャッキーと言えば椅子、椅子と言えばジャッキーである。彼ほど椅子の使用方法を多様化させ実用的護身ツールとしてシンプルな外観以上にその可能性を示した者はいないだろう。
今作では椅子を影分身ばりに数脚射出し、それを隠れ蓑に相手に飛びかかるという安易かつ新しい今まで見たことのない使い方を披露している。

全体を通してCGのクオリティは決して高いものではない。しかし、果たしてファンはジャッキー映画で緻密なグラフィックが見たいだろうか?否。ジャッキー映画にそんなものは求めていない。多少チープさが残るくらいがジャッキーらしくてちょうどいいのだ。

今作はジャッキー映画の中で決して一番にはなり得ないが、ジャッキーを中心として構成されたアクションはやはり心地よくまた彼の勇姿を見られただけで嬉しく思う。「ライジング・ドラゴン」でアクション引退宣言をしながらすぐ「ポリス・ストーリーレジェンド」でカムバックを果たした当時を思い出す。
さらに今年3月には声優石丸博也が引退を発表したためいずれジャッキーの吹き替えも変わるはずだ。それが今回でなかったことはファンとしては喜ばしい。
ジャッキーのアクションも石丸博也の吹き替えも近い将来新作として見る機会が無くなるだろう。見納めとなるその時まで、アクションの一挙一動、吹き替えの一言一句に至るまで彼等の活躍に敬意を払い彼等が築き上げたアクション映画の歴史の一部と真髄を網膜に焼き付けていきたい。
くまちゃん

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