桑田翼

劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデンの桑田翼のレビュー・感想・評価

5.0
この作品はアニメーションでなくちゃいけない、躊躇いなくそう言い切れる。
実現性じゃなく、表現性の話だ。
繊細な目の表情も、自然や街が織りなす一瞬も、この世界では見逃す事ない輝きを放っている。
写真が存在する世界での絵画の価値のように、
インターネットが普及した世界での手紙の尊さように、
そんな媒介でしか伝えられない一縷はこの世に沢山存在する。
その尊き一縷を、この作品は儚くも鮮やかに、残酷にも美しく描いていく。

そして、感情を知らない彼女を介して、僕らの感情は激しく揺れ動いていく。
知らないという事を知らない僕らは、
知らない彼女からそれを教わるのだ。

愛しているを知りたいと、人の心を持たない人形の彼女は言う。
でもその心こそ、人と呼ぶんじゃないだろうか。
僕らは人であるということを、軽んじていないだろうか。
彼女の海のような瞳から流れる数々の涙が、僕らの心の皮膜を溶かして丸裸にしていくように僕らにそう問いかける。
その到達の速度は小説や絵画よりも直線を最短だ。
思考でさえ追い付けない速さで涙が瞬きの価値を奪い去り、
次第に観客達の啜り泣く声が劇場を包む。 それこそ、愛の存在の証明には充分過ぎる程に。

"言葉にならない"という言葉の意味を、この作品は教えてくれる。
沢山の人々の言葉にならないを言葉に綴り続けた彼女。
その道のりで出会った数多の哀しみと美しさ。
その上澄みが彼女の言葉にならなかった想いを言葉にへと変えていく。
声にならなかった言葉、口から世に響くことさえままならなかったその想い、
それを伝える為に手紙という存在があるのだと、
最期になって彼女は、自身が為してきた事の尊さと、探し続けた"愛してる"の意味をようやく知ることが出来たのだ。

今作によって、彼女は彼の愛が授けた名前に相応しい女性に成る事ができた。
それはきっと、彼だけでなく観ている僕らが皆望んでいたことだろう。

友人の言葉を拝借すると、
"ヴァイオレットエヴァーガーデンは例え哀しい結末であれどバッドエンドではない"
まさしくその通りだと。

簡単に癒える哀しみは、最早哀しみとは呼ばない。
彼女の腕もまた、再び体温を帯びる事は決してない。
いずれは時代に淘汰されてしまう自動手記人形としての彼女。
全てがハッピーエンドとは言えないのかもしれない。

しかしながら、このヴァイオレットエヴァーガーデンという作品は、ただ哀しみを紡ぐだけの物語ではない。
彼女の鋼鉄の冷たい両腕の暖かみが、人々を哀しみから立ち直らせる"再生"の物語であり、
最期には数多くを救った彼女自身が"ヴァイオレット"として報われ、人として"再生"を成し遂げること、それで初めて完結が許される物語だ。
そしてこの作品のラストは、その完結に相応しいものに違いない素晴らしいものだったと、僕の全てを賭けてそう言い切れる。

この作品も、この作品を通して感じた事も、これからも揺るぐことなく大切にしていきたい。
そんな風に思わせてくれる作品だった。

最後に、この場をお借りして製作に携わった方々への謝辞を申し上げたいと思います。
この制作に携わった方々の中には、悲惨な事件の犠牲となり、決して戻る事のない方もおられると思います。
犠牲者のご遺族の方、共に制作に携わった方々の哀しみもまた、簡単に癒えるものではないということの想像は容易です。

これを報いと言うには遥かに乏しく、謹みを欠くように思われるかもしれませんが、
あなた方がこの作品に懸けた想いや込めたテーマは、私の心に深い感動を与えてくれたのだと、声を大にして申し上げたい最大級の賛辞を、せめてこちらに残したいと思いました。
惜しくも亡くなった方々へのご冥福をお祈りすると共に、
素晴らしい作品を世に送り出していただいたことに対し、心から感謝申し上げます。
桑田翼

桑田翼