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海獣の子供のものレビュー・感想・評価

海獣の子供(2018年製作の映画)
3.8
見つけられたいが故に見つけられないようにするというパラドックスは「第二次性徴」期特有のものである。見つけられたいがための光は見つけられたときに消滅する。本人には見えない瞳の中にこそ見えるものがあり、宇宙は見えないものに満ちている。光は「見えなくなった」だけなのである。
宇宙はつながっており、生死もつながっている。海と陸は汀によってつながれ、母子は緒によってつながれる。手のつながりは断たれるが、海と空は一体であり、つながりは「見えない」のだ。

そして、アニメーションは描かれたものを可視化する。

アニメーションの表現に触れないわけにはいかないが、と言っても多くの人が書いているし、こういうものは見なきゃわからんことなので、個人的に「ギャ」のところと初めてソングを聞くシーンを挙げるにとどめる。


最後に原作との比較において。

アニメにおける「語り」の問題が現れている。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』で非常に強く感じられたこの問題であるが、つまり「語られる」物語から「語る」物語への逆転だ。

「生命の誕生」や「宇宙」というテーマを「祭り」に押し込めてしまう時間上の制約もあるが、原作との相違は「語り」に多く寄っている。

その是非は別のところで。