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ジョーカーのUのレビュー・感想・評価

ジョーカー(2019年製作の映画)
4.6
銃規制が叫ばれる時代に
これだけ銃の存在を際立たせ
見方によっては暴力を
肯定しているようにも思われかねない
映画をつくった勇気がすごい。

映画ではなく広告の話に
なってはしまうが、
以前、カンヌ広告祭の審査委員長が、
広告評価における1つの大きな
基準として「勇気」をあげていた。
誰もが薄々気づいていながらも、
無視されてきた世の中の問題。
それを勇気を持って、
投げかけることができているかどうか。

ジョーカーには、その勇気があった。
銃による事件やその他様々な争いが相次ぐ
根本的な原因を
提示していたように思えた。

私たちはニュースを見るとき、
被害者やその遺族には感情移入をするが、
加害者のことは考えない。
加害者を生み出したのは
私たちが暮らす社会であるにも関わらず
それについて考えることを放棄する。
多様性を認めよう、差別をなくそう。
頭ではわかっていても、
違いがあることを「理解」する努力を
簡単に怠る。

行動経済学のある調査によると、
ルールを破った者に対して非難をすることで、
脳から快楽物質が分泌されるという。
それほどまでに、
人間は「常識」「ルール」から外れた人間を
排除することを好む。

銃による殺人を含むあらゆる事件は、
「理解されない」ことによる苦しみが
生み出しているように思える。
つまり、加害者を生み出している原因の
一端は私たち社会にもある。
(もちろん加害者を擁護しているわけではない)
私たちはそれに薄々気づいていながら、
「常識」という温室から出ようとはしない。

ジョーカーはそんな私たちに、
事実を突きつけた。
普通や常識という基準がどれだけ
恐ろしく残酷なことか。
どれほどの人間を排除しており、
どれほどの怒りや憎しみを生み出しているか。
それを伝えるために、
銃や暴力という表現が必要だったの
ではないだろうか。
危険なのは銃ではなく、
落伍者を落伍者と決定する
世の中の態度なのだ。

ジョーカーの行動に共感はできない。
しかし確実に理解はできる。
なんでわかってもらえないんだと
思うことは誰にでもある。
私たち“常識人”とジョーカーは
かけ離れた存在ではない。
悪の象徴と私たちとの近さを、
アーサーという
「自分にも置き換えやすい個人」を通して
教えてくれることに、
この映画の価値があるのだと思う。

この映画、アーサー最後のセリフ
「君には理解できないさ」

私たちは、試されている。