Jeffrey

ギャベのJeffreyのレビュー・感想・評価

ギャベ(1996年製作の映画)
4.0
「ギャべ」

冒頭、イランの素朴な絨毯。糸を織る音、遊牧民の一家に生まれた娘、狼の声を出す男、父親、結婚、病気、詩情漲るファンタジー、かけ落ち、人生の色彩。今、遊牧民たちの長いキャラバンが始まり、若い娘の愛の物語が始まる…本作はモフセン・マフマルバフ監督の1996年製作のイランの遊牧民カシュガイ族と、その女性たちが織る素朴な絨毯(ギャべ)と1人の娘の恋の物語を描いた詩情たっぷりのファンタジー映画で、勅使河原 宏の「砂の女」が砂のファンタジーなら、この「ギャべ」は色のファンタジーである。

この作品を自分が最も高評価した理由の1つに、普段イランの街を覗けばモノトーンばかりの色彩で埋め尽くされている。それは女性が目元以外全て真っ黒なチャドルで身を隠す行為が原因の1つだと考えられるのは誰しもが周知の通りだ。そんな中、監督はきっとこの色鮮やかな作品を通して、現在のイラン社会へ色彩をもっと導入するべきだと訴えているかのように感じてしまう。(実際にこの民族の色彩の豊富さはずば抜けているし、色とりどりのものが文化として根強くある)映画自体も自然の色彩を多く使用している。

基本色は赤、青、黄色の3色で、宗教的なものから愛を象徴する色を取り入れている。特にモスクのドームの天井の壁の色を見た人ならあっという間に気づくと思うが、正にその空と海の色をその3つの色の1つに加えている。だから主人公の女性の衣装は青い色なのである。この作品はイラン社会を知っている人物から見れば、かなり楽しめる映画だと感じる。

また、これほどまでに民族的世界の豊富さを映像化した作品も珍しく、これに関しても凄く評価を僕は与えてしまう。ここ最近「ジョジョの奇妙な冒険」を5部まで見たのだが、このアニメは台詞回しが非常に特徴的で面白いのだが、この作品にも同じく面白いセリフ回しがある。また詩を朗読する分、詩情的で野心作だと感じれる。物語自体も重層的で楽しい。

本作は冒頭から引き込まれる。色彩豊かな絨毯が川に浮かびながら流れてゆく。そこには青、黒、緑、赤、黄と様々な色が付けられており、絵柄も付いている。そして川の音を強調させ、次のカットではツボを持った青い民族衣装に身を包んだ女性が壁からカメラに振り向き笑顔を見せる。(この時点で個人的にはこの作品を傑作と感じた瞬間である。)次のカットではイランの美しい自然が写し出される。そこには先程の女性と老婆のロングショットが写し出される。

そして色彩豊かな絨毯を川に投げ込み、足で踏み洗う。続いて遊牧民学校をクローズアップする。そこでは数人の子供たちが掛け算の勉強をしている。そして色の知識を覚える授業に変わる。後ほど記載するが、ここでの演出がすごく凝っている。続く、遊牧民たちの移動が映され、小動物の群れ、原風景な村々がフレームに収まる。続いてツボの中に鮮やかな花を入れる色鮮やかな民族衣装に身を包む女性3人の描写になる。

さて、物語は小川が流れる美しい翠に囲まれた小さな家がある。そこには老夫婦が住んでおり、外へと出る。川で美しい青色のギャべを洗う。そこに美しいギャべに身を包んだ娘が現れ、老婆とギャべについて話をする。彼女の名前はギャべ。偶然か必然か絨毯の名前と同じである。彼女は遊牧民のカシュガイ族の娘で、身の上話をし始める。そこで彼女は1人の男性に恋をする。だが父親はそれを断固として拒否する。

こうして彼女がその男と駆け落ちするまでの事柄を遊牧民の文化を通したり、他の人々の運命に触れたりして、物語は羊皮絨毯ギャべに始まり、ギャべで終わるのだった…と簡単に説明するとこんな感じで、イランの大草原の色を美しく堪能できる1本で、風景画がとても綺麗である。そしてトルコ系の遊牧民が織り成す絨毯のアートは見る者をファンタジーの世界へと導かせてくれる。正にギャべ・アートなのである。

印象的だったのが、遊牧民学校で伯父さんが色の授業を子供たちにする際に、この花の色は何色と尋ねて子供たちが赤と言えば、その花が突如先生の手に現れる。(この時に現れる花は一瞬ケシの花だと思ったが、どうやら一般的な野生のチューリップらしい)また空の色は何色と答えると青と子供たちが答えれば、先生の手のひらが青くなる。太陽と麦畑の色はと質問すると黄色と答え、もう一つの手が黄色く染まる。

そういった様々な演出が監督の色彩美を映し出している。監督はきっとパラジャーノフの「ざくろの色」の影響をかなり受けていると思う。あの川辺に大量の絨毯が引かれて、ロングショットで女性たちを捉える描写は圧倒される。また、カラフルな絨毯に使う糸や、絨毯を切るハサミの手首クローズアップや、羊の毛をハサミで切る男の手元のクローズアップも印象的だ。何よりも主人公のギャべの美しいクローズアップが印象的だ。

この民族が作り出す絨毯の自然の色をかなり視覚的に象徴した演出のこだわり様は圧巻。こうして、あらゆる自然を生かした素晴らしい映画が出来上がった。時には光を巧みに映し出し、風に力をもらい靡かせる女性の衣服、様々に変化する色鮮やかな糸の集合体と身に染みる詩…あぁ傑作だ。

ここで言及したいのはソビエトが生んだ巨匠セルゲイ・パラジャーノ作風に似ているという事だ。シネフィルと言うのは厄介で、この手の似た演出を比べて低評価してしまう所だ。ペルシャ絨毯とは異なるこの絨毯には植物の実であるザクロの皮が使用されている。こう言った経緯がある分、「ザクロの色」にインスパイアされた彼は自作に取り入れたのだろう…。今のご時世、監督が巨匠の作品を真似たりするなんて、ザラである。ポン・ジュノが監督した「パラサイト」なんて思いっきりギヨンの「下女」だし。なので、低評価になってしまうのは残念である。みんな20世紀の優れた監督たちの影響を受けて監督になっている人も多いし、自分なりのお国柄の風土を混ぜて描けば、俺はそれは評価できると思う。

またこの作品の音楽を担当したアリザデのサウンドトラックが心に染みる。そういえば、とてもこの作品も詩的だったが、イランでは3万人に及ぶ詩人がいるくらい詩が好まれている。

まだまだ詩的なイラン作品に出逢いたいもんだ。

未見の方はお勧めする。


余談だが、カシュガイ族の娘は結婚が決まると自らの手で2枚の絨毯を織り、嫁入り道具とするのが古くからの習わしであるとの事である。
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