ヘソの曲り角

幸せへのまわり道のヘソの曲り角のレビュー・感想・評価

幸せへのまわり道(2019年製作の映画)
4.5
見てる最中は超傑作と思ってたのだがよくよく考えてみるとちょっと引っかかる。トム・ハンクスってわりとアメリカの良心的な役柄が多いと思うのだがその際わりと白人代表的役柄も兼任している気がする。「フォレスト・ガンプ」とかWW2戦争ものとか。本作の描写で一番気になるのが、地下鉄乗った時に明らかに黒人が多い車両でミスターロジャースの番組の曲をみんなが歌うシーンなのだが、この場面の「黒人に慕われてる気のいい白人のおっちゃん」という構図がちょっと白人プロパガンダに思えなくもない気がした。この映画が「事実に基づいている」から実際にあったのだとしたらロジャースすげー、としか言いようがないのだが…。

映画自体は冷笑的な記者と長年やってる有名子供番組の演者と演出をやってるおっちゃんの不思議な交流を描くことでアンガーマネジメントを取り扱うというこの時代にとても意義深い作品になっている。自分のもやもやが分からず周りに攻撃的になってしまう人間と、怒りを理解し他者にぶつける前に何かしらの方法で発散する術を知ってる人間。ロジャースは一見裏にありそうな「善人」っぽく出てくるのだが、その不穏さはあっさり明らかにされる。私は超感情的だよ、というのを隠さないがそれをぶつける相手を人間にしない。さらに最終盤でロジャースは感情を言葉にできたらそれは対処できる、という実に哲学的で理性的な言葉を残す。

このようなテーマ性と舞台設定だと説教臭くなりがちだと思うが、本作はロジャースの子供番組と同じフォーマットで導入していくため物語に入り込みやすい。テレビ画質でミニチュアが動き出しロジャースが歌い、悩んでる友だちがいるんだと我々に語りかける。そして記者の話に円滑につながっていく。本作は観客との対話に根ざした面白い演出がある。それはロジャースが我々に目線を合わせることだ。ロジャースがカメラをじっと見据えるようなショットがある。キャラクターの記者と我々を重ね合わせて観客とロジャースが目を合わせることになるのだ。それは例えばロジャースが記者に怒りへの対処法として「一分間大切な人を思い浮かべてじっとしている」のを教える場面。さらにその場面は無音でもあるのだ。本物の沈黙の中で画面に映る顔と私は相対する。

さらに面白いのは番組のメルヘンな世界観と現実世界がシームレスにつながっている演出にある。ロジャースという人間の徹底した仕事ぶりは正直病的であり、仕事とプライベートの区別がない。彼について劇中でも真っ当な善人とは描かずわりかし「けっこう変わってる人」として撮っている。彼の生活に呼応するように物語も虚実が曖昧になった世界観(とはいえ画面サイズと画質でほぼ識別は可能)で展開されていく。記者がトラウマと日々のトラブルで混乱して倒れてしまうシーンの面白さはこの世界観構築によるものにほかならない。

このような一筋縄ではいかないテーマやキャラをこの映画は舞台のひとつであるNY派のごとくお洒落なサントラとともに軽快に描いていく。この軽さがより一層この作品をいいものにしていることは間違いない。マリエル・ヘラーという監督には今後も注目すべきだと考える。