MMM

天気の子のMMMのレビュー・感想・評価

天気の子(2019年製作の映画)
4.3
「人の心は、空と繋がってるんだ。」

この言葉を聞いて、ハッとした。
確かにそのとおりだなって。
朝、空が雨降りだと、なんとなーく憂鬱な気分になる。
朝、空が青いと、生きてるって気がして元気になる。
この発見を言葉にした新海監督は、すんごいぜ。

台風迫るこんな空模様に、この映画をみて、思い出したよ。
大人になって、すっかり忘れてた感覚。
大人のためにデザインされたこの世界で、今自分が享受している社会的な自由。
お金があれば、大抵のことができる。
でも、子どもであるだけで、お金があってもできないことがたくさんあったりする。
圧倒的多数で、優位な大人だらけのこの世界を生きる不安、心細さ、大人の偏屈さ、冷酷さ、容赦なさ、何よりも自らの無力感と不自由さ、あの頃の感覚を、全部思い出したんだ。

出てくる大人は自分たちで、なつみちゃんは、大人と子どもの狭間、ちょっぴり昔の自分たち。
帆高と日菜は、随分昔の自分たちだった。
大人の社会で、必死に足掻いてあの子たちが手にした世界は、きっと自然なんだと思う。

この星の歴史を時計で現したなら、人類の歴史は、5分くらいだと、聞いたことがある。
その極ごく短い流れの中で、大人は世界を自分のために、都合よく築いてきた。
まるで、今の現実や常識が、悠久に続くようなまやかしの中で、生きている。
でも、人類の知る過去も未来もほんの一部だってことなんだ。
地球温暖化による異常気象とか、確かにそうかも、僕らの尺度では。
でも、自然の尺度ではどうだろう。
すべてが自然なんじゃないだろうか。
僕らにとっての不自然も、また自然なのだろう。
どこまで行っても、どんな場所でも、僕らは、つまるところ、適応して生きていく生き物なんだ。
今あくせくするように、世界をコントロールするじゃなく、ましてや支配者でもなく、適応者として。

愛にできることはまだあるかい。

その問いに、僕はこう答えよう。

まだある、と。

愛なしでは、帆高と日菜があの世界を選べなかったように。

そこに、愛があるからこそ、人は自らの尺度を超えて、不自然をも自然へと変えて生きていく。

大切なモノの順番を、入れ替えていけるのだから。
MMM

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