平均たいらひとし

ペイン・アンド・グローリーの平均たいらひとしのレビュー・感想・評価

4.2
~痛みと向き合ってこそ、沸き立つ創作意欲~

ひとから認められた「表現力」を持っていたとしたら、培った経験や見識を元に、直接的に半生を振り返ったり、若しくは別のモデルに自身の意義主張を託したりする事は、至って自然な事では、あります。ましてや、その分野で成功を収めた、ひとかどの人物だったら、自伝的作品を発表出来るのは、その人に与えられたギフトで、誰も口を挟むものでもないし、ケチをつけるなんざ、もっての外ではないのかと。

映画で過るのは、ボブ・フォッシーさんの「オール・ザット・ジャズ」に、監督はしてないけど「NINE」。あと、直接的に自分の事とは言ってないけれど、黒澤明さんの「夢」でのゴッホを描いた挿話と、内田百閒を描いた「まあだだよ」でしょうか。前の出来事を考察して、批判がましくもなるし、何より内に向いた視点、内省的で閉ざされている訳だから、全くノレなければ他人事にもなってしまうのだろうけれど。でも、例に挙げた作品は、その分野の第一人者が紡いだものであるから、とうてい自己顕示の域を超えて、そこに尽くされた「創意」に触れた後世の者達に、今も驚きや感嘆をもたらします。

ただ、一流の表現者にしても、私メみたいな凡人でも、過去と正面切って向き合うってのは、心中に一本柱を通す如き覚悟が、欠かせない訳で。大半は、今が大事だとか、煩わせることがあるからとか、理由を作って臭いものと向き合わない様に、「ふた」をしがちでは、ありませんでしょうか。

アントニオ・バンデラスさん扮するサルバドールは、世界的映画監督の地位にありながらも、充電中といえば聴こえが良いものの、手術した脊椎の痛みが引かず、時折、喉に詰まったような呼吸困難にも陥る身体的な痛みや苦しみと共に、過去にあった失意や衝突が尾をひいていたのもあって、新たに製作に向き合えず、ほぼ、引退生活を送っているに等しかった。

ある日、スペイン国内で催される映画祭から、32年前に手掛けた作品の再上映に併せて、主演のアルベルトと共に劇場で、公開対談をして欲しいとのオファーを、サルバドールは受ける。その作品を見返す事が無かったのだが、それは、執筆した脚本を無視して我流に演じたアルベルトと、撮影で気まずくなったのが大きかった。

依頼を受けた以上は、「大人」として応えなくてはならないので、彼は、アルベルトを尋ねる。引退同然の彼と違って、演技への意欲が絶えないアルベルトは、創作の「気分転換」として、いけないクスリを所有していて、一時でも「痛み」から逃れたいサルバドールは、好奇心も手伝って、それを、「吸引」してしまう。

そこに現れたのは、ペネロペ・クルスさん扮する母ハシンタと過ごした、幼き頃のバレンシアでの生活だった。心身とも苦痛から解放される感覚に、サルバドールのいけないクスリを服用する機会が増えていくのだが、過去への逃避と現実での出会いは、行き詰まって闇に覆われたサルバドールに、一筋の光明を投げかける。

劇中の引退同然の主人公と違って、監督業は元より、製作として他の方の監督作の援助まで買って出て、アルモドバルさんは精力的に活動していて一見すると相通じないようですが。自身の分身を、映画の世界で台頭し始めた初期の頃起用していた、バンデラスさんが演じている事に大きな意義があります。劇中の映画祭で取り上げる作品の様に、監督と演者として、1本の作品では語りつくせぬ経緯が想像できそうですが、本作では、東洋人には、考えられないラテン気質な大人げない振る舞いを経て、「痛み」に重ね合わせて背けたい出来事も、新たな出会いや閃きに転じられると、流ちょうな語り口で見せてくれます。

バンデラスさんも、そういう演出者の心情を汲んでか、身体の不調にかこつけた「諦め」を過去への郷愁から転じて、あらたに創造への意欲を駆り立てて行く、表現者の「再起」を、まるで消えかかった炭が、再び赤々と火を燃やすかのように、生気を纏っていく様を見せて応えています。劇中のサルバドールの居所の調度品は、アルモドバル監督が実際に所有しているものを用いたらしいですが、後半、バンデラスさんが、羽織る緑色の革ジャンも、私からしたら、なかなか手の出ない色彩のもので、やはり、監督本人のものじゃないかと勘繰ってしまう。

見ている者の心配をよそに、サルバドールは、いけないクスリを断ってくれるのですが。
その白い粉末の吸引は、過去の郷愁への「入り口」で、その中で、これまた監督の盟友的存在のペネロペさんが、言動から母性の「魅惑」を振りまいてらっしゃいます。見る目の無い方には、自己顕示欲の塊に映るかもしれませんが、サルバドールの目線である、この過去の情景の扱いの巧さに、本作が、今後も語られる作品である事を示しておりました。

拙文にお付き合い頂き、ありがとうございます。
シネプラザサントムーン 劇場⑪にて