スクラ

風の電話のスクラのレビュー・感想・評価

風の電話(2020年製作の映画)
4.5
<震災をテーマにした映画ではなく、家族をテーマにした映画>

冒頭、主人公・ハルはとても静かな子だと感じていた。しかし本当はその内に津波で家族を失った理不尽さに対して嘆き悲しみ、憤慨し、自分だけが置いていかれたことそのものを呪うような感情が渦巻いていた。ハルの心の中は今でも常に津波が押し寄せては引いていくような荒波に揉まれていたのだった。
叔母が倒れたことをきっかけに、その感情が外にボロボロと溢れてくるシーンがあり、モトーラさんはその感情の爆発を見事に演じきっていて、
ハルの感情がボロボロ溢れるのに合わせて、のっけから私もボロボロ泣いてしまった。

広島から故郷大槌に戻ることを決心したハルは、無謀にもヒッチハイクで目的地に向かう。旅の道中、様々な人がハルと出会い、交流していく。ハルが出会う人はみな、家族に対して何かしらの取っ掛りがある。旅を通じて、それぞれの家族の物語に触れながら、ハルは何を感じたのだろうか。

映画を観るまでこの作品は「震災」をテーマにした映画だと思っていた。
でも、それはあくまでもオマケであり、物語の深いテーマは「家族」にあるのだと気づいた。

西田敏行さん演じる福島のおやじ今田は、架空の人物であれど、その口から発せられる言葉に秘められた想いは、福島出身である西田さんが震災後ずっと抱えてきた想いと遜色が無いのだろうなと悲痛を感じた。

故郷大槌に辿り着き、家があった場所へ向かう前にハルはまたある人物と出会う。そのシーンで、ハルが震災以降ずっと心に抱え、責めてきた事実を私は知らされ、再び涙する。
「そっか、もう高校生なんだね」このセリフの重さが耐え難かった。

震災後に「グリーフケア」という概念に注目が集まった。本来の意味は、身近な人を亡くし、悲嘆に暮れる人々に対する心のケアで、それを職業とする人がいる。ハルにとってはこの旅がグリーフケアそのものになったのだと私は思う。ハルは道中、決して自分が家族を津波で亡くしたことを積極的に話すことはなかった。交流の中で訥々と語られることがあるも、それが話の中心となることは無かった。しかし、様々な家族と触れていくことは、ハルにとって、波にさらわれて未だに帰らない自分の家族と再び向き合い、自分の内と語るきっかけとなったのだろう。

旅の終着点、風の電話で家族と語るハル、その心の中に荒波はもう無かった。穏やかに晴れ渡った日の静かに打ち寄せる優しい波の音が聞こえた。
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