Nabkov

フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊のNabkovのレビュー・感想・評価

3.5
ウェス・アンダーソン監督…何作目だ?前もって言いたいのは自分はウェス・アンダーソンという男を東大一の素敵な映画監督だと思っていること。そして、近年のウェス・アンダーソンが気に入らないこと。そして何故か近年のウェス・アンダーソン作品がやたらと評価が高いことに不満を覚えていること。

自分にとっての最高の作品は「天才マックスの世界」「ロイヤル・テネンバウムス」「ライフ・アクアティック」の3本だ。ギリギリ「ダージリン急行」も好き、の部類には入っている。これも年齢のせいかもしれない。自分をよく知ってる人らはそう言いそうな気がする。

演劇的な額縁舞台の延長線上にある映画という表現に、メランコリックな意味だけではない「手法」として舞台芸術を持ち込み、それを複雑な物語の中で観客の反応に近い形のカメラ割りやレンズワークでより物語に没入させる…と書いてて学生に戻ったような心持ちだが、そのバランス感覚がとても秀逸なのがウェス・アンダーソンという演出家だと思っている。

あくまでウェス・アンダーソンは映画の人で、ジョギングなシーンで多用される早いカットバックなどから観てとれるようにそれらを「手法」のひとつとして利用して、少々粘着質でドメスティックなドラマを、軽快かつドライに描くことによってコメディたらしめている人だと、少なくとも自分個人は評価している。

が、だ。「ファンタスティック・ミスター・フォックス」でアニメーションという完全にフレーム内を制御できる(別の意味では役者の魂と共に画面を構成しなくても良い)表現方法を手に入れてからより「手法」に対するウェイトが大きくなり、ドラマが抽象的で、我々市井の観客が感情移入することを拒絶するようになってしまったように思う。

その最たる作品が「ムーンライズ・キングダム」であり「ブタペスト・ホテル」であったというのが自分の思いだ。だからこの2作は好きではない。ただのセンチメンタルなおしゃれ大道具映画に見える時がある。

少々悪口が過ぎた。ただそんな中で「犬ヶ島」というアニメーション作品を発表した。この作品は観ていない。自分の中の相入れない部分の結晶がこれなのではないかという思いもあり、あえて観ないという選択をした。ただコレをひとつの路線としてライフワークにしてくれれば、私の好きなおかしみにあふれた人々のドラマを描くことに戻ってきてくれるのではないか、という淡い期待もあった。

そういう流れでの「フレンチ・ディスパッチ」だ。劇場公開時には足が重くチェックはしていたが観に行かなかった。コロナのせいでもある。ただまさかDisney+で配信されるとは…ウェス・アンダーソンがディズニー…一見相性が良いように思うかもしれないが、巨大スタジオとインディペンデントという意味ではなんとも歯がゆい関係。もちろんフォックスが買い取られたことで、サーチライトも移行している訳だから、こうなるが…ある日、配信欄を見てたまげた。

序章が長過ぎる。ここまで当作品の話を全くしていない。さて鑑賞してみての思いは「変わってない」だ。確実にこの作品はブダペストの延長線上に配置される文脈にいる。更にモノローグは私的になり、映像的繋がりも甘くなってきてかなり私的な表現に終始している。やりたい事、は分かるがそれを大衆に向けてコーティングするのを辞めてしまった感じ。ああ、ウェス・アンダーソンはこの方向で行くんだな…と強く感じたし。いつまでも過去作を引きずっている自分がアホらしくなった。ウェス・アンダーソンはもうとっくに次のステージに行っていて、それが批評家からの評判も良く、その道で食っていくつもりなのだ。

正直、当作品は自分の好みではない。バランスの比重が、私的表現に傾き過ぎている。ただ嫌いじゃない。過去に縛られたウェス・アンダーソンファンとは違った目線で好きな部分がいくつかあった。何が楽しいのかよく分からないけどまた今回も出演する常連たち(みんな大好き)とは違う、ウェス・アンダーソンに新しい風を吹き込んだ気がするティモシー・シャラメとベネチオ・デルトロ。この2人の芝居が良かった。ベネチオ・デルトロは目の運びがすこぶる良かった。おかしみの溢れる芝居の中にほんの微かに薫る狂気。引っ叩かれる時の見返す目。ティモシー・シャラメの何も考えていない感。そこにいる事で滲み出る空気感「ドント・ルックアップ」でも同じことを感じたが、ちょっと妙に軽薄な感じと彼の預かり知らぬところで動いてしまう物語の残酷さみたいなものが、とても良い感じ。

という訳で、自分は今後、ウェス・アンダーソン作品を恨み節で観なくても良くなったような、そんな新しい地平の作品だった様に思う。決して好きな映画ではないけど、全否定するのははばかられる、所々に流れる安心感がこの映画のかなり深いところであるが…次の作品でその正体が突き止められそうな気がする。
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