平均たいらひとし

初恋の平均たいらひとしのレビュー・感想・評価

初恋(2020年製作の映画)
4.1
~突然、降って湧いた生き残りの瀬戸際に、誰が為のわが命と、まさにその時、悟った。~

「食えばわかる」とか、「話せばわかる」とは違って、映画にまつわる「見ればわかる」は、経済的行動に、見る側おのおのの嗜好が、関わって来るので、ほぼほぼ、その誤った印象操作は、解消されずじまいに終わる。

珍しく、去年は公開が、鳴りを潜めた三池崇史監督は、勘違いして見に来てくれたらと、冗談めかした発言をされていました。これまで、量産されてきた学園アオハルものとの識別が付きにくいが為に、かえって、題名の響きだけで、気に留めても貰えず、自動的に、排除されている世の中の空気を感じます。

「令和残侠伝、ホームセンターの修羅の群れトーシローをも巻き込む」とでも、タイトル命名した方が、良いのではないかという終盤でのピークを迎えるも、作品を見届けるとタイトルの「いわれ」も浸透して来ます。国際競争力の観点では、隣国との見劣りは拭えない我が国の映画製作事情にあって、多作を極める三池監督作品の総てを見ている訳ではありませんが、わりと見かける振り切った殺傷描写が、たまに挿入されるも、集団抗争劇として配されている、個性的な人物たちが、クライマックスの舞台に、滞りなく集まり激突するまでが、整然と小気味よく進みます。

「人生は、計画どおりに進まない」を、巻き込まれだとか、裏切りや、思いもよらぬ事態が降りかかるだとかで実践して、アウトロー達の立ち回りになだれ込むのだけれど。のべつ幕なし吠え続けたりせず、相対的には乾いたタッチで、淡々と、簡素描いて、感情的に訴えるようには描いていない分、メインキャラの窪田正孝さんの心境の移り変わり、カラッポだった内側に情感が根付き、護るべき者を得てから、体の末端まで広がって行く様が、本作のために絞った身体の動きから、「初恋」の本意も見て取れる。「集団抗争」の構図を、冗長にならず、小気味よく見せながら、作品の体裁に似つかない情緒を残す。見終われば納得なだけに、海外の映画祭に出品続けた実績の浸透が、充分に図られなかったのが残念でならない。

ボクサーとして才能を見込まれていた、窪田正孝さん扮する葛城レオは、余命宣告を受けて呆然と、夜の新宿歌舞伎町を歩いていた。そこに、染谷将太さん演じるヤクザの加瀬と裏取引した、大森南朋さんの悪徳デカ大伴から逃れて駆けて来た、新人の小西桜子さん扮する、親の借金の肩代わりで身売りされたモニカと出くわす。助けを求める彼女の叫び声に、レオは、思わず反応して、渾身の右ストレート一閃、大伴を路上にダウンさせる。人生棒に振るつもりのレオは、モニカの背後に、危ないクスリの取引だとか、ヤクザと中華マフィアとの抗争や、ヤクザ内部の分裂だとかが、潜むなんて知る由もなく、ただ、縋り付くかの目線で訴えて来るモニカの手を取って、彼女の生家へと夜行するのだけれど。単なる「人助け」が、三つ巴の抗争の長い一夜の呼び水となるとも、レオに思い当たる筈もなく。そして、有り得ない、生死を賭けた一夜によって、自分だけで、完結すると決めつけていた人生が、大きく転換していくのだった。


「パンク侍、斬られて候」に連なるような、企みの「逸脱」の歯止めが効かずに、キレる度に事態が悪化して追い詰められるうちにハイになる染谷将太さん。そして、ドラマ「きのう何食べた」の、心優しい、ゲイのシロさんの真裏の様な昭和から生き延びて来た、コンプライアンスの現代では「化石」的存在の武闘派ヤクザ権藤として、ケレン味溢れる立ち回りで、ストレートな男らしさを見せる内野聖陽さんを筆頭に手練れた俳優は、展開に呼応した即妙な振る舞いを見せて。三池監督作品の初顔達は、監督に焚きつけられて、思い切りの良さを見せる。

バイオレンスと、笑いが、バランス良く配されて、野放図になりそうな面々も展開のうちに、きちっとお話に収束されるのですが。ストーリーの主軸は、全く無関係のレオが、ヤバイ奴らを先導していくかのように、真夜中のホームセンターを主戦場とする攻防に、なだれ込むまでの、濃密な一夜の展開に在りますが、エピローグとプロローグ的に配される、前後のキャラクターの背景や、相関関係が、作品のリズムを切らす事無く、完結に語られているのが、中盤から終幕に至るまでが、効いている。

それまで、淡々と、それこそ気分のまま流れて生きていたレオが、それこそ、周りのセイで「死」と直面してから、断線していた感情が、末端までつながってから、バイオレンスもののテンションの高さが、キャラクターの行動原理と呼応するタイミングが、絶妙でした。そして、言葉は介さなくとも、生き残った者達が、共鳴しあうのが伝わって来る描写が、見ているこちらにも、静かに、響いて来るのです。それまで、誰かを喜ばせようだとか、微塵も思ってなかったレオの胸の内に、居座る存在が、生涯初めて生まれたという訳ですよね。

小田和正の大ヒット曲じゃないけれど、「あの日あの時あの場所で、出逢わなければ」って、それこそ、話に描いたような、出来過ぎた一夜の出逢いなのかもしれないけれど。でも、誰もが、その出来過ぎたタイミングを、迎えて、その後も、人生が続いていたりする。そのレオとモニカの対比として、ホームセンターでの抗争中、すれ違ったあの二人を描いた意義があったという事で。感染騒ぎで、公開延期で上映作品が、枯渇していて。ひょっとしたら、まだ、本作も、しぶとく掛かっているかもしれないので、タイミングが合えば、お勧めいたします。

拙文にお付き合いいただき、ありがとうございます。
シネプラザサントムーン 劇場⑧にて