おかだ

朝が来るのおかだのネタバレレビュー・内容・結末

朝が来る(2020年製作の映画)
3.6

このレビューはネタバレを含みます

辻村深月はやっぱりすごかった


2018年の第15回本屋大賞を受賞したニュースを見てなんとなく手にした「かがみの狐城」が刺さりすぎて、ずっと頭の中にあった、筆者の辻村深月さん。
最近でもドラえもん映画の脚本担当をやってたりと、すごいなあとボンヤリ気にしていたところで同名原作小説の映画化を知りclipしていた本作。


さっそく所感ですが、強烈な読後感を残す存在感ある一本でした。
特に原作シナリオが持つ圧倒的な力強さと、河瀬監督が見せる自然や光を強く押し出した幻想的な映像。それからc&kの良すぎる主題歌も相まって、エンドロールまで文字通り座席に釘付けられるような、圧巻の仕上がり。


あらすじは、不妊に悩む夫婦が養子縁組制度を利用して養子を迎え入れて平穏な家庭を築いていたところに、ある人物が訪ねてきて…。
というもの。

なので序盤は、不妊に悩む夫婦のあれやこれやと、養子縁組制度を知り、そして家族を作り子ども育てるという幸せな様子をまず描いております。
特徴的なのは、都会での良い暮らしぶりを、幻想的な光で照らしながら眩しく映し出していく映像づくり。
そして、冒頭のジャングルジム事件から反復される電話のコール音が作劇の合図となって要所で不吉に響くようになる。

そこで訪れるある人物、この場面は強烈なインパクトを持つ今作のジャケット写真の場面なんですが、この辺ではその養子と里親、実母が織りなすミステリージャンル色が漂い始める。

しかしそこで場面が一転して、実母であるヒカリの回想パートに突入する。


そこで、なるほどこの強烈に不気味なバックショットで映されていた人物こそが現在のヒカリであるということが分かる。
と同時に、開幕するあまりにも瑞々しく幻想的なヒカリの青春パート。
ここでは冒頭の里親夫婦パートと対照的な、奈良の田舎の木々や自然光をこれでもかと映しながらヒカリが当時の彼氏と愛を育む様子を丁寧に映し出している。

ちょっと脱線してしまいますが、まずこの河瀬直美監督の作品は本作が初めてなんですけど、どうもこういった光とか自然の音とか、純映像的な要素を得意としているようです。
そして今作のテーマでもある、生命の誕生を、やはり海とか森、それらが発する音など、非常に抽象的な映像を通じて表現しようとしているようで。
この度重なる自然風景のインサートショットは終始見られる今作の特徴であり、正直に言うと私がややネガティヴに気になってしまったポイントでもあります。

で、まあそんな感じで、とにかくエモーショナルでキラキラしたヒカリの過去パートは、反面、先に見せたその後の展開を知っているがゆえに、その瑞々しさが強烈なインパクトを残す。

また脱線してしまうけどこの辺りは、ギャスパーノエであったり、イチャンドンの「ペパーミントキャンディー」みたいな、時間の不可逆性がもつえげつなさという部分を扱っている。
ただ、後述するけれど今作は、同時にその不可逆ゆえの尊さという部分も逆説的に語っています。


で、そんなヒカリの回想パートから、今度はヒカリ視点で交錯する現代の里親家訪問シークエンス。
ここの描写はきっついな。これは映画館でぜひ、観てもらいたい部分ですけど、ドラマ的にも今作の分かりやすい山場でもあるのでここはかなり心揺さぶられるような場面になっていました。


それからその後迎えるエンディングのささやかな救いと、エンドロール後に示されるややSFチックな辻村深月節が不思議な余韻を残す、そんな素敵な映画でございました。


さて、まず今作は物語の力強さが何より際立っていた。
辻村深月さんの作風ですが、苛烈な現実環境にあって打ちのめされる青少年、少女らの生々しい行動動機というか、描写の上手さ。
これによって観客側に突き付けられるどうしようもない無力さ。
それに対して与えられる、ひみつ道具的な、きもちのSF要素と一抹の救いがもたらすハッピーエンドの爽快感。この辺のバランス感覚が非常に優れていて面白い。

他方でこの映画版において、中盤までの薄暗く居心地の悪い雰囲気の醸成や、ヒカリが妊娠をきっかけにどんどんこれまでの環境から離れていく過程の厳しさなど、この物語がもつ強みを上手く表現できてはいました。が、やはり抽象的かつ形而上的テーマを深掘りするあまり、物語のテンポ感を著しく損なっているように感じられてしまった。
端的に言うと、退屈な場面が多かった。

何度も言うように、今作は物語自体が非常に強い訴求力を持っている。
それゆえにシナリオが寸断されるインサートショットの数々がもどかしく、ただでさえ視点や時制が多岐にわたる物語に対する集中力を削がれてしまったのが私の感想。
この辺ばかりは個人の好みによるものかと思うけれど。


また、厚労省とタイアップするほど生々しく描かれる養子縁組制度についても、ドキュメンタリータッチな映像やそれこそテレビ映像でみせていた本件の現状も強烈に焼き付いた。徹底的な取材の賜物でしょう。
しかしただ、映画で見せるならもうちょっと別のやり方があったんじゃないかとは思ってしまう。
ちなみにこの、ベビーバトンは子が親を探すための制度であるというメッセージへの井浦新のリアクションが抜群に良かった。

それから逆にたとえ実子であっても良好な関係を築けない家庭、つまりヒカリの家庭にあって、周囲が無かったことにしようとした彼女の出産騒動を、確かに彼女が転落するトリガーではあったが、望まれない妊娠をただ悲劇であるとは捉えずむしろ自身のアイデンティティの一部として取り戻そうとする終盤の展開が良すぎたことも挙げておきたい。
先に述べた時間の不可逆性を受け入れて、自分の愛したものや自分がとった行動により産まれた物事を肯定してあげたいという気持ちは、痛いほどよく伝わりました。


あとは、役者がめちゃくちゃ良かった。
永作博美はやはり圧倒的に上手いし、今作で知った蒔田彩珠さんが見せた振り幅も見事でした。これからいろんな映画に出てほしい。


という訳で、鬼滅の待ち時間にでも良いのでぜひ映画館で観てほしい一本でした。
「スロウハイツの神様」、買ってみようかな。

(追記)⇨買った、読んだ、死ぬほど良かった。むしろそっちの話をここでしたい。
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