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ミッドナイト・トラベラーのchiakihayashiのレビュー・感想・評価

ミッドナイト・トラベラー(2019年製作の映画)
3.8
@試写

 2015年、アフガニスタンで舞台やドキュメンタリー、短編映画、テレビ番組制作を手がけてきたハッサン・ファジリは、武器を捨てて平和主義者となったタリバンの元メンバーを撮った国営放送のドキュメンタリーが理由で、タリバンから死刑宣告を受ける(ドキュメンタリーに登場した彼は殺害された)。ハッサンは妻と二人の娘たちとアフガニスタンを脱出し、ヨーロッパへ向かう。
 本作は、イラン、トルコ、ブルガリア、ハンガリーと5600㎞、2年近くの旅を、3台のスマートフォンで記録した作品。妻のファティマは女優でもあったが、短編映画が国際映画祭で複数の賞を受けていたし、長女のナルギスも重要な撮影要員になった。

 移民業者に騙される。娘を誘拐すると脅される。何日も凍える寒さの中を森で過ごし、国境線を越えるために必死で走る。お粗末な難民収容所で無為に待たされる。街で難民排斥を訴える右翼に暴行を受ける・・・・・・。

 なんとも過酷な旅路だが、それでも人間というのは日々をなんとか生き抜く力を持っているのだと感じ入る。単独行ではなく、家族が一緒だったからこそかもしれない。というよりは、ただただ懸命に今日この一日を生きていく、その積み重ねだったのだろう。それが記録されたことで、観客の私たちは、難民というカテゴライズなどを超えて溢れ出さずにはいない家族4人の人間性に触れる貴重な機会を得ることになった。

 夫婦の微笑ましいやり取りもあれば、仏頂面で退屈を訴えたり雪遊びに興じたりする子どもたちの愛らしい振る舞いもたっぷり映っている。その一見、無邪気な表情の裏側に絶えずはり付いているだろう不安や緊張をもスマホは写し取っているようだ。翻って、こうしてとにもかくにも日々の営みにスマホのカメラを向けることが、その時々を生きていくひとつのよすがになっただろうことも想像できる。

 300時間以上の映像は、記録したSDカードが各国の協力者を通じてアメリカに住むプロデューサーで脚本と編集を担当したエムリー・マフダヴィアンの元に届けられた。映像作家であるマフダヴィアンはペルシャ語を話し、カリフォルニア大学で中央アジアの映画とメディアに関する博士号を取得している。共通の友人を通してハッサンと知り合い、彼が密航ルートで逃げるかどうかを躊躇った末に旅の映画撮影が始まった日から後方支援を開始したという。後にもうひとりの女性プロデューサー、ニューヨーク在住のスー・キムが加わる。一家は2018年4月ドイツに到着したものの、難民認定を待つ身で動けないため、彼女がドイツに赴き、編集、ボイスオーバー、サウンドデザインなどを行った。

 一家の手元にあった3台のスマホがとらえた映像は、かくして1本のドキュメンタリー映画になり、広く世界が観客となるåå表現になった。
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