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Mank/マンクのGKのレビュー・感想・評価

Mank/マンク(2020年製作の映画)
4.2
『MANK/マンク』はすごい作品だ。


マンクことハーマン・ジェイコブ・マンキーウィッツが脚本を執筆した『市民ケーン』の高度な引用、
映像に徹底的にこだわることが知られるデヴィッド・フィンチャー監督(以下フィンチャー)によるモノトーンの映像美、
ゲイリー・オールドマンを中心した役者陣の演技(白黒で情報量が少ないので、演技の良し悪しが一層際立つ)。

ただ、全然話題になっていない。Netflix作品で12/4から配信だが(私は映画館に観に行った)、今後も話題にならないようにも思える。

まあそれもわかる。ある程度の背景知識や文脈への理解が求められるからだ。

『市民ケーン』の鑑賞は必須。その他、当時のハリウッドや新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストのことを理解しているかいないかで、鑑賞体験は全く異なる。

全国公開の映画だとなかなかこのハイコンテクストの作品を作ることは難しかっただろう。ハイコンテクストすぎて観客が集まらない=製作費が集まらないので、企画が実現しない。

一方でNetflix。

Netflixの価値は作品の多様性であり、大プラットフォームであるからこそ、ハイコンテクストでニッチな作品にも製作費を捻出することができる。(マインドハンター継続云々での交渉もあっただろうが)

Netflix大好き芸人のフィンチャーもこう語っている。

“I’ve never been happier working at a place than I am at Netflix.They’re building a repository. It’s a nice thing that movies have a place to exist where you don’t necessarily have to shove them into spandex summer or affliction winter. It’s a platform that takes all kinds. You can be a dark, sinister German movie or a bizarre Israeli spy show. They want them all.”

超要約すると「Netflixものすごいええわ!型にはまることなく、多様な作品を作ることができるんやで!」ということだ。

作品の内容もそうだが、『MANK/マンク』の脚本はフィンチャーの父が書いたもので、個人的な企画の実現ができたという点でも、特別な感情を持っているのだろう。

他にあげるとすれば今年配信された『アンオーソドックス』。ブルックリンの超正統派ユダヤ人コミュニティを取り上げた作品だが、Netflixでなければ製作費捻出が難しかったであろうし、自分も含め多くの人に鑑賞されることもなかっただろう。

巨大プラットフォームは功罪あるが、こういった「ニッチも包摂することができる」という観点で価値があるし、映画に関して言えば、ハイコンテクストな作品が増える傾向は強くなっていくのだろう。

話を『MANK/マンク』に戻そう。

冒頭に書いたものに加え、複数のメタ構造が含まれていることも本作の魅力である。

映画・音楽ジャーナリストの宇野維正氏はこう書いている。

”「マンク」。個人的には今年ベスト。アカデミー賞も10部門くらい獲らなきゃおかしい作品だけど、脚本賞だけ獲るというのもメタ構造的には美しい結末。さらに、メジャースタジオとの対立というテーマにおいて「Netflixの映画」であることで三重のメタ構造となっている。無限に掘れる化け物のような映画”
https://twitter.com/uno_kore/status/1330161311758606338

そしてフィンチャー自身はインタビューでこう語っている。

“I kind of thought, ‘I don’t get it,” says Fincher. “It’s so quaint, this idea of fake news. I was fairly convinced, ‘Who really cares if there were nefarious goings-on in 1934?’”
In 2020, the director admits that part of the film is likely to strike the strongest chord with viewers who have just been through another bruising election.
“When Jack first finished, it was self-righteous — and 25 years later it was incendiary,” says Fincher. “Those who ignore history are doomed to repeat it.”
『Magnificent Obsession: David Fincher on His Three-Decade Quest to Bring ‘Mank’ to Life』
https://variety.com/2020/film/news/david-fincher-mank-netflix-citizen-kane-1234834134/

訳すとこうだ。

”「私はちょっと考えました、『わからない』と。」とフィンチャー氏は言った。
「とても奇妙な、フェイクニュースのアイデアだと私は確信していました。
そしてこうも思った。「1934年に不正行為があったとしても、誰が本当に気にするだろうか?」
2020年にはまた厳しい選挙を経験したばかりの観客に、この映画の一部が強い共感を呼ぶだろうと、フィンチャーは認めている。
「ジャック(フィンチャー父)が最初に仕事を終えたとき、それは独善的だった——
そして25年後、それは煽動的だった。」とフィンチャーは述べている。「歴史を無視する者は、それを繰り返す運命にある」。”

どういうことか。

本作の中で新聞王ハーストはメジャースタジオであるMGM重役のルイス・B・メイヤーと手を組んでカリフォルニア州知事選に介入する。MGMは対抗馬候補を批判するインタビューを捏造(役者が演じた映像)を作り、州知事戦を優位に進めようとする。

そのストーリーが、アメリカ大統領選挙と重なる、ということだ。

そう『MANK/マンク』に含まれるメタ文脈、その一つは「メディアの影響力とその責任」である。


まずは影響力について。

前述のとおりだが、MGMは今で言うフェイクニュースを作成した。

作中では、実際にハーストとルイスが支援した候補者が州知事に当選している。

マンクはエンターテイメントとしての映画の力を信じていた。

一方で捏造された映像は州知事戦の結果に大きな影響を与えた。

その映像を作ったマンクの友人は良心の呵責に耐えられず自死を選び、マンクは、時には良くない方向に作用する、映像=メディアの影響力を痛感する。

だからこそマンクは元々ハースト、ルイスと仲良くしていたが、『市民ケーン』を書こうと思ったのではないか。

新聞王ケーンの権力をお金を求めるがゆえの、不誠実なメディアへの姿勢、結実としての孤独を表現しようと思ったのではないだろうか。

この話と、2016年の大統領選挙、それ以降のフェイクニュース問題と繋げて考えない方が難しい。


そして責任。

元々マンクは『市民ケーン』の脚本家としてクレジットされない、という契約をしていた。

それが最後、莫大な報酬を提示されたにも関わらず、彼のクレジットを入れることに固執する。

州知事でのフェイク映像の影響力、その結果(彼の友人の自死)を引き受けないハースト、ルイス。

”With great power comes great responsibility.”

これはスパイダーマンことベン・パーカーのおじさんが彼に語りかけた言葉だが、マンクはそう考えクレジットを入れようと思ったのではないだろうか。

「ハーストを避難する脚本を書いても映画にはマンクの名前はどこにもない。それではハーストやルイスと同じではないだろうか」ということだ。

2016年の大統領選挙では、選挙コンサルティング会社ケンブリッジ・アナリティカ(以下CA)がFacebookのデータを使い大統領選挙に介入したことで問題になった。

権力と金儲けのためにデータを利用し、アメリカ市民の「マインドハッキング」をしたCAは言わずもがな。

元CA社員でCAに関する告発を行ったクリストファー・ワイリーは、自著『マインドハッキング』の中でこう記している。

”エンジニアは自分で作った物については責任を持つべきだ。〜

「許されること」と「許されないこと」を個別具体的に列挙すると同時に、

ユーザーの自立を尊重し、リスク要因を明確にし、第三者によるチェックを求める必要がある。”

「エピローグ−法規制への立法府への提言−2.ソフトウェアエンジニアの倫理規範」より

そして同著書の中で、2016年にトランプが大統領選挙に勝利した際の、クリントン支持者のコメントが取り上げられている。

”これは君にとってはゲームだったのかもしれない。でも、これと生きていかなければならないのはわれわれなんだよ。”

作ったらそれでお終い。あとは知らんこっちゃない。どう受け取るは情報を受け取る人次第。

それは不誠実な姿勢だ。

情報の受け手の自由意志を隠れ蓑にして、責任逃れをしているだけ。


仕事人間で家庭を顧ずアル中というどうしようもないといえばどうしようもない人間。

それがマンク。


一方で、鑑賞者の人生を豊かにし、夢を与える。映画に対して誠実だった。

それもまたマンク。

ここまでグダグダ書いてきたけれども、メディアだとか政治だとかは考えなくてもいい。マンクという魅力だけでも十分楽しめるのが『Mank/マンク』である。
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