yuse

hisのyuseのレビュー・感想・評価

his(2020年製作の映画)
4.1
個人的に大好きな今泉力哉監督作品だったので、映画館で鑑賞。

洋画では沢山観たことはあるけど、邦画でLGBTをメインに扱った映画は初めてだったかも。
日本社会では未だ認められていない節があるゲイカップルの話。男2人で娘は育てられない、裁判でも認められていない。同性愛者の社会での生きづらさがヒシヒシと伝わってくる描写が多々あって悲しい部分もあったが、娘がずっとパパのことを好きでいてくれたり、田舎に住む人々が皆温かかったりと救われるシーンも多くて、やっぱり家族っていいな、コミュニティっていいなと思わせてくれる素晴らしい作品でもあった。

「マリッジ・ストーリー」を観た時も思ったけど、やっぱり裁判って何なんだろう。社会を成り立たせる上では必要なのだろうが、心なく人を傷つけ合ってしまったり、勝訴って何に勝つことなんだろうって疑問も抱かされる作品で、司法という制度を今一度考え直す良い機会にもなった。

限られた劇場でしか公開されていないが、万人にオススメの良作。



↓以下はネタバレを含むレビュー




【Motivation(鑑賞動機)】
「知らないふたり」を鑑賞した時から今泉力哉監督作品の、ちょっと演劇タッチで日常の延長線上にあるような作品がとても好きだったので、「サッドティー」「退屈な日々にさようならを」「愛がなんだ」「アイネクライネナハトムジーク」に続き、6作品目の今泉映画をはるばる吉祥寺シアターまで行って鑑賞。
「mellow」も観たいと思っているが、個人的な好みで「his」を優先。


【Scenario(内容)】
お互い同性愛者である井川迅(宮沢氷魚)と日比野渚(藤原季節)は、以前そういう関係だったが離れ離れに暮らすことになる。迅はゲイであることを隠すために岐阜県白川町という田舎でひっそりと暮らしていた。
渚と別れて8年が過ぎたある日、迅の家に渚が娘を連れていきなり訪ねてくる。驚いた迅はその理由を渚に尋ねた。渚はプロサーファーを目指してオーストラリアへ行くも挫折し、その時通訳家の玲奈(松本若菜)と出会って結婚し娘の空(外村紗玖良)ができた、しかし今は離婚前提の別居中で娘の親権をどうするか裁判をするとのことだった。そして渚は、自分がゲイであるため結婚しながらも多くの男性と不倫してきたが、迅のことは忘れられなかったと伝え、迅と娘と3人で暮らしたいと懇願する。また、渚は娘の親権を巡って弁護士に相談した所、男性で収入が少ないと勝訴は難しいと言われてしまう。

ある日玲奈は、渚と空のいる迅の自宅を特定してタクシーで娘を強制的に連れて帰ってしまう。空はパパの方が大好きで、仕事に追われて面倒を見てくれないママに我慢できなくなり、家出してパパの元へ戻ろうとした途中に警察に保護され、渚の元に戻ることになる。
渚に一緒に暮らしたいと言われてゲイとして暮らしていく自分と向き合い始めた迅は、彼に好意を抱いて告白してきた白川町地元職員の美里(松本穂香)をふってしまう。そして渚とのキスを娘の空に見られてしまう。

渚も白川町でパイプオルガンを作る職業に就いた矢先、空が託児所で迅と渚がキスをしていたという事実を友達に伝えたことがきっかけで、町中で迅と渚が同性愛者であるということがバレてしまう。気まずさを覚えた2人だったが、猟師の緒方(鈴木慶一)の言葉もありゲイであることを迅は町中に公表し認められていく。

渚と玲奈で親権を争う離婚調停の裁判が始まった。お互いの弁護士ましてや裁判官の発言で、被告人だけでなく証人までも心傷つけていく裁判。そんな居た堪れなさに耐えられなくなった渚は、以前空が言っていた「ママにごめんなさいと言ってくれて仲直りできたらそれで良い」という言葉を思い出し、このままいけば勝訴出来たにも関わらず和解を申し出て自らの行いを玲奈に謝罪して、結果娘は玲奈が引き取ることになった。そして渚は迅と暮らすようになった。
しかし空にとって、玲奈と2人で暮らす窮屈な生活がとても辛く、小学校でもほとんど友達と口を聞かないような生徒になっていた。可哀想に思った玲奈は、空を連れて渚と迅の元を訪れる。そして空は大好きな自転車に乗って、大好きなパパと広々とした校庭で遊ぶシーンで終了する。

ストーリーのメインテーマは社会から虐げられる同性愛者だが、家庭裁判という制度の問題、仕事で忙しい母親の育児問題、田舎というコミュニティの問題など様々な日本社会の問題点も扱っている作品だと思った。
非常によく出来たシナリオだと思う。


【Looks(世界観・演出)】
今作には、群像劇っぽさといった今泉監督らしさはあまり感じられず、ただただ感動的なヒューマンドラマといった感じが強かった。
強いてあげるなら、迅と渚と空と緒方で笑顔でスローモーションで家を駆け出していきながら、がっつりBGMが入る感じのシーンくらい。これは、「退屈な日々にさようならを」や「愛がなんだ」でも同様の演出がなされていた。


【Cast(役者・キャラクター)】
やはり同性愛者演じる宮沢氷魚さんと藤原季節さんのナチュラルな演技が光った作品だった。

初めて俳優としての演技を拝見した宮沢氷魚さん演じる迅は、顔の整った美男子でこれは確かに男ウケも女ウケも良さそうな風貌だなと思った。渚演じる藤原季節さんがもっと男っぽい感じの俳優なので、男性同士の関係ってこういう所で惹かれ合うのかなとちょっと考えてしまった。
印象に残っている演技は、やはり緒方の葬儀のシーンで自分がゲイであることを堂々と公表する場面。今までは空気のように存在を隠すように生きていたのが、渚や空を通じて変わっていき1人の人間として成長していったことを証明する素晴らしいシーンだったと思った。

そして渚を演じる藤原季節さん、この方の演技も初めて拝見したが宮沢氷魚さんよりも個人的には好みだった。娘と無邪気になって遊んでいる姿や、片手で卵を割りながら料理出来てしまう姿、プロサーファーとしてオーストラリアへ行くくらいの行動力があるせいか、1人で弁護士の元を訪ねて相談に行く姿など、迅と対照的で自立している感じが凄く良かった。こんな父親になれたらいいなと思えた。
一番印象的なのは、終盤の裁判のシーンで和解を申し出るところ。このまま行けば勝訴だったがそうすることなく和解させて、妻の玲奈とも和解していく決断をしたシーンのあの勇気は素晴らしいと思った。

玲奈演じる松本若菜さんのキャリアウーマンぽさも非常に良かった。仕事や離婚調停に追われてピリピリする中、空に冷たく当たってしまうも娘のことが嫌いな訳ではない。その板挟み、辛さがヒシヒシと伝わってきて個人的には凄く同情できた。また被告人として法廷で話す時の論理的な話し方もらしさが凄く表れていて良かった。
そして英才教育を行う祖母のインパクトが強い。まるで自分の祖母のようだった。習字でみっちり空を指導したりするあたりとか。そんな教育を受けて反抗してきた玲奈の置かれ方も凄くよく分かる。

美里演じる松本穂香さんのキャラクターが個人的に一番好みだった。あのおっとりした感じと、田舎にいそうな穏やかで優しい性格の彼女はとても見ていて癒された。絶対僕が迅の立場だったら、車の中で告白されたらOK出してしまう(自分は同性愛でもなんでもないから)。そして裁判で証人として法廷に呼ばれた時に、弁護士に追求されて涙ながら事実を語る美里がめちゃめちゃ可哀想だった。胸が痛くなった。


【Profound(作品の深み)】
今まで映画を観てもちゃんと考えてこなかった、同性愛者の人権について考えてみる。

個人的には、洋画では結構同性愛者を扱った映画は沢山観てきたことがあって、例えば「ブロークバック・マウンテン」なんかを観た時は、自分がまだ大学1年生の時であまりにも馴染みがなかったので、ちょっと共感できないな、えってなる部分が多かった作品だった記憶がある。邦画では特に同性愛を扱ったものを観たことがなくて、強いてあげるなら「怒り」くらいで、この作品も同性愛がメインの話ではなかった。そのくらい同性愛は日本人にとってもあまり馴染みがなく、社会的に見てもあまり取り上げられないものだったのかもしれない。
しかし、LGBTという言葉は近年物凄く色々な所で語られる機会が増え、それは今の日本社会が多様性の享受という方向へ向かい始めている証拠だと思う。これは非常に良いことだと思う。
でも今作を鑑賞して分かった通り、日本のシステム、特に司法なんかは旧式の制度が多く、なかなか多様性の享受というものに即していない節がある。娘の親権だって、子育ては男性ではなく女性がするものだという前提があったり、裁判官がそういった考えの持ち主だったらそこに標準が合わせられてしまうし、同性愛にとって生き辛い現実を突きつけられるような制度である。

私は、やはりこういった司法制度の問題点を日本国民の多くがもっと理解して真剣に向き合う必要があると思った。そういう意味でも今回のような作品は、非常に意義のある作品だと思うし多くの方に見て欲しいと思った。特に教育現場で道徳の一環として、授業で生徒に見て欲しかったりする。

この映画をきっかけに、もっと多くの方がLGBTに向き合って、誰もが共存できる社会づくりを考えていければ良いと思う。


【Impression (印象深いシーン)】
一番インパクトに残っているのは裁判のシーン、美里が弁護士に追求され涙ながら事実を述べるあたりや、渚が和解を申し出るあたりは非常に心動かされるシーンだった。
あとは、玲奈が感情的になって空を引っ叩いてしまうシーン。玲奈にも悪気はなかったし娘のことを愛しているのだけど、仕事と裁判のことで頭が一杯で疲弊していたことでそうなってしまった。娘も母も辛く思えるシーン。
空が託児所で友達に、迅と渚がキスをしていたことを大声で話しているシーン。子供だから悪気はないんだけど、凄くストレートに言うものだから自分は少し笑ってしまった(観客で笑っている人はいなかった)。
そして僕は、最後の迅、渚、空、玲奈の4人で田舎の広々とした校庭で遊ぶシーンがとてもお気に入り、涙ぐめるラストでとても素晴らしかった。
yuse

yuse