味噌汁

シン・ウルトラマンの味噌汁のレビュー・感想・評価

シン・ウルトラマン(2022年製作の映画)
3.5
 生きながらえるためには生物も作品も循環が必要だと思う。我々人間で言えば血液や酸素を循環させなければ何年何十年と生命活動を維持できない。もしこの循環が停滞、もしくはある一点のみにとどまってしまうとたちまち死んでしまうだろう。それは無機物である作品に対しても同じ事で、一定の年齢層のみに支持されているだけでは後世までその存在が知られる事はない。キリスト教で用いられている聖書や、仏教にあるお経なども何世代にもわたって循環が行われなければ今日までそれが伝わる事はなかった筈だ。だからこそ『シン・ゴジラ』から続くこのシンシリーズには作品を過去の遺物として風化させないと尽力する活動には大いに賛同している。当時ファンだった彼らが血液を運ぶポンプとなり、若い世代へと作品を循環させてくれる事には感謝しかない。

 厨二チックなイタい前置きはさておき、ここまで賛同もとい崇拝をしてもなお満点をつけれない理由は何か。それは庵野秀明作品としてのオリジナリティの欠如であると僕は思う。確かに特撮に魅入られて入ってきた業界で、その模倣品である『新世紀エヴァンゲリヲン』を筆頭とする数多のヒット作を生み出した彼にとって『ウルトラマン』という存在は最早自身にとっての一部になっている。完成された作品に味付けすることは尊敬に対する侮辱ともとれるし、作品そのものを壊しかねない。下手に創り変えられない現状の中で足掻いた結果だと思うが、全く新しいウルトラマン像かと言われるとそうではなく庵野氏が渇望したものだとは到底思えない。いや、元々ソフビ人形で遊ぶ子供の延長線上と考えるとコレこそが彼のつくりたかった作品なのかもしれない。

 本編に登場する禍威獣(かいじゅう)や外星人たちの活躍は全編フルCGで描き出される。ガボラ戦でドリル状の頭部を必死に受け止めるウルトラマンの描写はとても良かったが、アベンジャーズ よろしく海外のCGアクション作品と比べるとどうしても見劣りしてしまう出来なのは残念。生き物を描いているのに拭えない無機物感は走る、飛ぶといった動きで誤魔化せてはいるが変身したウルトラマンが敵と対峙する際の止め絵には違和感が生じる。デザインも一新されていて、今までとは似ているが少し違う独特の不気味さを感じさせる造形になっている。マンモスフラワーやネロンガなんかは殆どテレビシリーズと相違しないが、メフィラスやゼットンは過去の雰囲気を残した別モノに仕上がっている。この辺は個人的にはかなりよくて、特にゼットンの最終兵器感たるやいなや恐るべし。

 現代の地球を以てしても卓越した科学力を持つ外星人たち。核という強力な力を行使しても傷ひとつつかない能力差があり、この星で1番力を持っている人類が搾取されるのをただ待つだけなのはかなり恐ろしい。彼らとの間に育まれる絆は一部を除いて誰ひとり本物ではなく、ただの下等生物ないし生物資源として狙われている構図は普段人間が行なっている動物に対しての態度と同じで良くできてるなと感じた。所詮地球でナンバーワンでも宇宙からしてみればミジンコ以下な命なんだろうというのがひしひと伝わる。窮地に追いやられ、ただ死を待つ人類に突如眩い閃光と共に出現した神永新二ことウルトラマン。救いを求める人々とそれに答える二者の関係性などは良かった。しかしキャッチコピーにもある「そんなに人間が好きになったのか」と言われる程濃密な関係性が両者に築かれていたとは思えない。バディである麻見弘子とも行動を共にしている事など全くないまま2人の関係性が構築されている。彼女に至っては観客を集めるアイコンや物語を動かすための舞台装置としての役割しか果たしておらず、相棒の設定が全く生きていない。題材にもしている人との繋がりは、外星人と一体化している神永のみにしか当てはまらず人間側の心情を描写する事が薄さが見える。

 前時代的なサービスシーンや作品へのオマージュ、庵野秀明の持ち味を薄めて大衆に受け入れられる作品づくりを目指していた事は良かったがそれによる振り切れてなさや粗が目立つ。これから続く〈シン〉バースに期待。
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