gunner16

おもかげのgunner16のネタバレレビュー・内容・結末

おもかげ(2019年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

【母と女と】
たまたま昨日観た長澤まさみ主演の「マザー」の後だっただけに、どちらも母をテーマにした映画なのに随分捉え方が違うなと興味深く鑑賞した。

物語は10年前、主人公であるエレナの息子、イバンが行方不明になる場面から始まる。電話口での会話しかないのだが、映画祭に出した15分間の短編作品をそのまま使っただけあって、終始エレナの焦燥が伝わるし、イバンが助けを求める声を最後に電話が切れるシーンではエレナのその後の人生にトラウマとして残ることが容易に想像できる。
10年の間に、エレナはイバンがいなくなった海岸近くで暮らすようになったが、10年経過した後もエレナのトラウマは消えておらず、心から笑えることのない日々を送っていた。エレナのことを理解しエレナのことを一番に考えてくれる恋人はいるが、イバンがいなくなった日から前に進めなくなっていた。イバンに雰囲気の似ている1人の少年ジャンを見かけてからエレナの人生が少しずつ変わり始める。

本作では16歳のジャンのピュアな行動も見所なのだが、やはりエレナの心情の変化が一番の見所だろう。エレナはジャンを見かけてからずっと息子としても男としても意識している節がある。10年前からエレナはずっと母のままであり、女である瞬間はほとんどなかったのではないだろうか。ジャンのピュアな優しさや気持ちに触れ、エレナは映画内で初めて笑う。恋人や仕事仲間には見せない表情で、母性に溢れた笑みは非常に印象的だ。ジャンが夜の海に消えて行ったとき、エレナは10年前の感覚を取り戻すが、ジャンは無事に戻ってくる。そこでエレナが安心したシーンが描かれるのだが、ようやく10年前から一歩を踏み出して母としての呪縛から解き放たれて一人の女に戻った瞬間であったように思う。ジャンと別れた後、酒の勢いで若い男たちと朝まで飲んだのはその証左であろう。
一人の女に戻ってから、ジャンはますますエレナに会いたがるし、エレナもジャンに連絡を取ろうとする。心配のあまりジャン一家の別荘に侵入するのは母ゆえなのか女ゆえなのか、作品内では描かれない。きっと本人にもわからないのではないだろうか。ただ、元夫のラモンから新しい人生を歩み始めたこと、幼い息子がいることを聞いた瞬間、元夫を罵倒してその場を去るシーンでは再びエレナが10年前の母に戻ってしまったことを暗示する。エレナのことを心配して恋人が半ば無理やり引っ越そうとしても、家族のもとを抜け出したジャンからの連絡を受け、恋人を捨ててでも強い決意でジャンのもとに向かおうとする。最初から最後までエレナに惹かれっぱなしで自らの意思でエレナのもとにやってくるジャンに対して、エレナは家族に対してのハグとも異性に対してのハグとも恋人としてのハグとも、どれともとれるハグをして家族のもとに帰るよう諭す。息子がいなくなるジャンの母のことを想像したのか?母としてジャンは家族のもとへ帰るべきと考えたのか?いずれにせよエレナの母性が最大限に発揮されたシーンで、2人が納得して別れたことでやっとエレナが母としても真に10年前から前に進めたと感じられた。話したくもないはずのラモンに連絡を取ったことが過去と決別したことを象徴している。

原題であるタイトル「Madre」はスペイン語で母を意味する。しかしエレナはジャンのことを母としてだけでなく女としても意識していたように思うので、「(息子の)おもかげ」という邦題はよりこの映画に合っているように思う。多くを説明しないが、観客に想像力の余地と余韻を多分に残す良い映画であった。
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