ラウぺ

おもかげのラウぺのレビュー・感想・評価

おもかげ(2019年製作の映画)
3.9
離婚した父と海に行っていた6歳の子供から母親のエレナのところに電話がかかってくる。父がクルマに戻ったきり帰って来ないという。必死で息子を安心させ、警察や知人に連絡し、息子を捜そうとするが・・・
それから10年、息子を失ったエレナは海辺のレストランで店長として働いていた。新しい彼氏も出来て心の平穏を取り戻したかに見えたが、あるとき亡くした息子に似た少年に出会う・・・

冒頭の部分は当初短編として公開され、その後の部分を新たに追加して今回の長編となったとのこと。
どこに居るのか分からない子供との電話だけのやりとりは緊迫感に溢れ、掬った水が指先から抜けていくように子供が失われつつあるのに何もできない絶望感が観る者に大きなインパクトを残します。
それを見せてからのその後の部分は、エレナが受けたトラウマの大きさを原寸大で、ついさっきまで体験させられた観客としては、エレナがそのトラウマからなかなか抜け出せずにいることが良く理解できるのです。

なので、息子が生きていたらちょうどこのくらい、という歳の、息子にそっくりなジャンの登場がエレナの心に決して小さくないさざ波として訪れることは容易に想像できます。
とはいえ、ジャンに近づき、ジャンもまたエレナに惹かれていくさまは、果たして母性によるものか、それとも道ならぬ恋というべきものなのか?という微妙な部分で測りかねる部分であり、また物語の先が読めない不安定さが、一種のサスペンス的要素となっていきます。
エレナの彼氏のヨセバはエレナのトラウマを理解しているのですが、ジャンの登場がヨセバにとっては一種の不安材料となります。
ヨセバの反応は男の心理としては致し方ないところかと思うのですが、ヨセバに対するイメージはおそらく男性と女性ではかなり異なるものになるのかな、という気がしました。

物語はエレナとジャンの関係を軸に、その周囲の動揺と一種のヒステリックな反応の連鎖を生んでいくのですが、さまざまな要素が絡み合うなかでも、物語の主軸はやはりエレナの心の動きにあります。
ジャンに特別の親しみを覚えるも、息子を失ったトラウマはやはりなかなか解決しておらず、なお一層ジャンに傾倒していくさまは周囲の人々の理解の及ばないところであり、それを理解できる(というより、寄り添うという方が正しい)のは、おそらく冒頭の部分を観た観客だけではないかと思います。

それぞれの登場人物がそれぞれの向かうべきところを見定め、物語が閉じられるときに、エレナの心に去来するもの、ジャンに対する思いの中身は何だったのか、それが明らかになるところをほんの一瞬の、さりげない描写で締め括るところに大きく心を動かされるのでした。

邦題はこの作品の題名として相応しいと思えるものですが、原題は“Madre”(母)であり、観終わってみると、その意味するところに大いに頷くことになるのでした。
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