かなり悪いオヤジ

痛くない死に方のかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

痛くない死に方(2019年製作の映画)
3.6
日本尊厳死協会副理事長尾和宏の同名ベストセラーの映画化作品。終末を迎えた癌患者を自宅で看とりながら、柄本佑演じる在宅医療医師が精神的に成長する物語はかなりリアルで、人の死が『おくりびと』等の映画で演出されているような美しいものではけっしてないことを、あらためて気づかせてくれる1本だ。

私はこの映画を見て仏教の「九相図」をふと思い出した。骸の体内にガスがたまり、次第に肉体が腐敗しウジがわいて、やがて白骨化していく様子を観相し、この世の無常を悟っていく修行の一種である。末期癌患者が紙オムツのお世話になり、呼吸困難のため食べ物も受け付けなくなる。死の直前は座薬を入れても痛みが収まらず、浴衣をはだけなくては我慢できないほどに発熱、ベッドの上でのたうち回った挙げ句苦しみながら絶命する様は、まさに「地獄図」だ。

長尾曰く、患者が苦しみもだえながら死ぬ理由は、現代医療の無理やりな延命措置にあるというのだ。腹水の水分で人間は十分生きることができるのだから、無理に抜かなくてもよろしい。栄養補給の点滴は、かえって痰や咳で患者が苦しむ原因になる。モルヒネで痛みを散らしながら、植物が枯れるように自然に脱水していく、これが一番楽な死に方だという。そこで安易に救急車を呼んでしまうと、病院でチューブだらけにされ、悲惨な最期を迎えるらしいのだ。

「そんなこと言ったって、私の親があんなに苦しんでいるのに、それを黙って見ていろなんて....」一見親孝行に思えるそんな身内の態度を、長尾はエゴだと指摘する。患者が最期の“壁”にさしかかった後楽に死ねるかどうかは、看病する側の胆力次第だというのだ。金のかかる放射線治療や化学療法などの標準治療を承諾しなければ、癌患者とて入院もさせてもらえない。金儲けを最優先させる日本の現代医療のあり方には絶望しかないとも語っている長尾。

もはや楽に死ぬことさえままならない日本で、この映画が描く〈尊厳死〉が突破口となり、人の死を〈負け〉としかとらえられない病院の姿勢を正すきっかけとなりうるのだろうか。いずれにしても、この映画で描かれている死に際の“苦”は、人の生に対する執着から生まれていることは間違いないだろう。まだ意識がはっきりしているうちに自らの〈リヴィング・ウィル=延命措置の可否〉を明確にしておくこと、それ即ち人生の無常を悟ることに他ならないと思うのだが、どうだろう。

「あなたのような医者に頼んだ私の心が痛いんです!」