netfilms

マトリックス レザレクションズのnetfilmsのレビュー・感想・評価

3.4
 オープニング・シークエンスからまさかのあの場面の再来でスクリーンの前で歓喜した。キャストは変われど同じような究極にミニマムなフォーメーションをラナ・ウォシャウスキーはしっかり守る。そしてあの男が再びこの地上に姿を現すのだ。現実と虚構との危険な往来を繰り返したトーマス・アンダーソンが今はあの職業だというのがまず可笑しい。彼の周囲の人物たちはネオが救世主か否かではなく、彼の創作物に対しての尊敬を隠さない。その意味では今作は妹がかつての兄と弟の共同作業での苦しみの産物だった『マトリックス』を20年経った目線で振り返ったメタ映画なのだ。『マトリックス』トリロジーで実際にネオが達成した偉業の数々が彼の創作物へと転化し、現世でも評判を呼ぶ。しかしそこには辛辣な言葉も含まれる。前半1時間にはまさに監督自身の体験談の悲喜交々が添えられ、ネオの目線で紡がれる。そこでの彼はひたすらかつての監督のように真顔でコミュ障だ。心の病をしまい込みながら心療内科に通い、青い錠剤をもらい心の平穏を得る。意識高い系のIT起業家の昼休みと言えば、判で押したようにあの場所で憩うしかない。『マトリックス』ではまどろみの世界の住人だったネオ(キアヌ・リーブス)をトリニティー(キャリー=アン・モス)が救い出したが、今回はそのまったく逆で、ネオがトリニティを虚構の檻から救い出す話なのだ。

 映画はとにかく、ハイパー・インフレ状態だった『マトリックス レボリューションズ』の失敗から原点へ回帰しようとする。その決意表明のようなオープニングはもちろん、空を飛ぶ重力の檻にこだわることで全てはゼロに戻ると信じるかのようだ。すっかり生気を失った男の悲喜劇はテンポこそたどたどしいものの、何より監督自身が楽しんで撮っているのが伝わるのが嬉しい。ネオも救世主である前に人間だ。彼を抜け殻のような状態にしてしまったのは世界の平和が一向に訪れない絶望ではなく、愛するトリニティが彼の目の前にいない絶望なのだ。小難しい時空の往来を強引に実現させるべく、懐かしい登場人物たちが説明過多になるのは仕方ないが、物語の骨子はいたってシンプルである。それに加えて今作には現実と虚構という対立軸を打ち破るような掟破りのあの男との休戦すらも組み込まれる。何かというと屋上に昇りたがる今作はあらためて『マトリックス』で観られたような落下の高低差にこだわる。それゆえクライマックスの相次ぐショッキングな落下はカー・アクションとしてはなかなか印象的だが、致命的な問題は約束の地の描写よりも、機械に操られた虚構の現実の方こそ筆致良く事が進むことだろう。精神の目覚めを達成したネオがなぜかちっとも満ち足りた様子には見えず、再び現実世界へ踵を返す姿は自己矛盾すら孕む。監督も本当は鏡に吸い込ませたくなかったのではと穿った見方すらしてしまったほど、今回のザイオン・シークエンスはなぜだか心がワクワクしなかった。他でもない監督自身が、『マトリックス』への没入を拒否したようにも思える。
netfilms

netfilms