映画狂人

街の上での映画狂人のレビュー・感想・評価

街の上で(2019年製作の映画)
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今泉力哉のフィルモグラフィーを分析してみるとやはりターニングポイントとなった『愛がなんだ』以降絶好調。
取り留めのない会話を延々と長回しで捉え、人間関係を構築していく過程の喜びや面倒臭さを絶妙な「間」を通し映し出す手腕は当代随一。
今泉作品に共通して言えるのは突出した演出や並外れたショットはほぼ存在しないという事、特別盛り上がる訳でも爆発的な何かがある訳でもないのにそれでも惹かれるのは何故か?
それは、他人の痛みに敏感な時代ならではの
「側に寄り添う優しい眼差し」が居心地の良さへと地続きに繋がっているからに他ならない。
誰に対しても分け隔てなく優しく穏やかに包み込み、急かす事も無理強いする事もなく、押し付けがましくもなく、ただ、そっと背中を摩ってくれる「共感力」
これこそが今泉力哉の最大の武器であり、息苦しい今の時代に絶対に必要な監督だという何よりの証拠。
人生は勝ち負けじゃない、人間誰しもほっと一息つく時間が必要。
本作はそんな時代の波に乗ってる彼の真骨頂とも言える「平穏な日常にふと訪れる変化」の描写が全編冴え渡る秀作。
ヴェンダースについてカフェで楽しげに語り合う男達、キリコの漫画の聖地巡礼をする女性、古着屋で痴話喧嘩を始めるカップル…
そんな市井の人々を尻目にふらりとライブへ顔を出しては行きつけのバーや古本屋で店員と何気ない会話を楽しむ、下北の街を飄々と渡り歩く青年の日常がこの上なく居心地良い。
鑑賞後ロケ地巡りをしたくなるのが街ぶら映画の醍醐味だが、芸術や文化をこよなく愛する身としては街と文化の調和とも言うべき本作は正にうってつけ。
まるで自分も彼等と一緒に下北を練り歩いているかと錯覚してしまうほど空気感を切り取るのが抜群に巧い。
映画的ではない日常にあるちょっとしたオフビートな笑いの積み重ねが生み出すハーモニー、終盤は幾分か作劇的ではあるがそれもまた誰かの人生のハイライト。
女優を輝かせる名手だけあって女優陣は皆本当に可愛く美しく魅力的、特にイハ役の中田青渚の絶妙な距離感。
今や今泉作品に欠かせない存在となった若葉竜也に関しては第二の仲野太賀に成り得る逸材、主役でも脇役でも作品毎にカメレオンのように色を変える事が出来る稀有な役者。
マスターや警官など短編スピンオフドラマでも撮れそうなほど個性豊かな登場人物達、サブカルの聖地を巡り巡った末に辿り着く心温まるラストショットに思わずにんまり。
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