インターカステラー

アフター・ヤンのインターカステラーのネタバレレビュー・内容・結末

アフター・ヤン(2021年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

失ってからでは遅い。
ヤンも国も心も。

家族でダンス中、中国系の青年子育て中古ロボット〈ヤン〉が急停止する。共働きの夫婦は小さい中国系の養子〈ミカ〉の世話のためにヤンを直そうと修理場を訪ね回るが高性能なヤンを直せるところは見つからない。「修理はできないがメモリーなら取り出せるよ」と言われ、アーカイブに保存されたヤンの記憶をシナプスを辿るように見る夫婦。その記憶はヤンが感動した時に保存される9秒間の情景の集まりだった。ヤンは感受性を持つ文化的機能の高い珍しいロボットだったのだ。そこには自分達家族の思い出と前の家族との思い出があった。ヤンの心に触れ、失った家族の存在に気づく夫婦。ヤンがどんな人生を歩んできたのか記憶を頼りに様々な人と場所を訪ね回るが_。

どこがいいかと聞かれたら形容し難いなんともお茶のような映画だった。劇中で触れていた通り、お茶の味の感想を述べると詩的になるように。間違いなく2022年度ベスト3に入る。1週間経った今も余韻が抜けない。サントラが染みる。

自分が感動したのは、ヤンの記憶を見て夫婦がヤンを家族と認識したところ。この失ってから初めて気づく大切さに胸を打たれた。夫婦は停止する前、ヤンを家族ではなくただのお世話ロボットとしか見ていなかった。対称に子供のミカはヤンを家族と見ていた。中国系の2人は両親が知らない間にいろんなやりとりをして絆を深めていた。これは環境で自我が形成された大人と、環境で自我がまだ形成される前、自己が丸出しの子供を対比している。人間は合理性を求めるほど、利便性が上がるほど、感受性や人間性がなくなるんだなと思った。粉茶を求めるご婦人に対して、お茶に関してはステレオタイプの父〈ジェイク〉が詰められるシーンが皮肉的だった。情景に感動しなくなった人間、一瞬を大事に生きるロボット、グレーなクローン。この人間とロボットとクローンが存在する綺麗なディストピアでは、人間の実存性が確立されなくなっている。そしてこれはフィクションではなくリアルな問題だ。

この映画では中国と木に関連されて『歴史』にフォーカスするので印象が残った。もしかしてこの世界では中国という国は存在していないのでは?もしくは人が生きられない環境になっている?ヤンがしきりに祖国を忘れてほしくないとミカに伝えていたから。また壁画でも見せるくらい木を扱っていたこと、ヤンの生き様やヤンの記憶を遡り感じる夫婦の心理から、庭にある一本の大きい木のようだなと思った。例えば古くから建つ立派な家に引っ越すとする。その家の庭に生えた木はこれから新しく家族の一員になる。この家族はこの木の歴史を知らないのでほぼ新品だと捉える。しかし、木からするとこの家族は長い長い歴史の一部でしかないのだ。当然のように前の家族との歴史が存在している。木はこれを何度も繰り返しているのだ。ヤンの記憶からヤンの歴史を知り、前の家族の存在を知る。そして前の家族とも自分達と同じような情景を保存していたことに気づく。何が言いたいかと言うと、監督は「歴史を見てほしい」「歴史は繰り返えされる」と警鐘を鳴らしているのではないだろうか。今日、明治維新以来の革命が来ると予想されている。この転換をメタファーとして、陰謀的メッセージを隠しがちなSF映画で伝えようとしているのではないだろうか。

ミカが最後に口ずさんだ歌『glide』は邦画『リリィ・シュシュの全て』から持ってきてるらしい。日本人の映画好きは古き良き邦画を見ない傾向にある。小津作品も観よう。。

冒頭のシャッターを切るシーンは、ヤンが自分自身の終わりを予感していたようで切ない。