朝田

リチャード・ジュエルの朝田のレビュー・感想・評価

リチャード・ジュエル(2019年製作の映画)
3.9
社会や組織から阻害された人間が英雄的行動を取るという意味では「15時17分、パリ行き」、英雄視された人間が罪に問われるという意味では「ハドソン川の奇跡」などイーストウッドの近作を想わせる。しかし、今作はそれらにあった奇妙な編集や手法は用いない。その代わりに、イーストウッド自身の現代のマスメディアと政府の在り方に対するストレートなメッセージに満ちている。その力強さに胸を打たれる。イーストウッド自身が監督に徹しただけに、洗練されたとにかく巧い演出に満ちている。例えば冒頭から始まる、オフィスとゲームセンターとを行き来した僅か数シークエンスによって、ジュエルとワトソンのそれぞれのキャラクター性と関係性を手際良く語りきる。そして抑制された、スコアをほとんど使わないソリッドさが貫かれているからこそ、カバンの中身の爆弾を初めて発見した際に鳴り響く不穏な音楽が際立ち一気に緊張感を生み出す。また、終盤の重要な対面を、地味な絵面ながらショットの切り返しのリズムを変えていく事でスリルを作る。その対話が終わった後の喜びの感情を、オーバーな演技や直接的なセリフではなく、扉を開ける際のサム・ロックウェルの表情だけで見せるスマートさ。とにかく隅々まで洗練された演出が行き届いているため、ストレートなメッセージが込められていてもまったく説教臭くならない。俳優陣も総じて良く、特にサム・ロックウェルはベストアクトの一つだと思える。アメリカ批判をしながら、紛れもない最高のアメリカ映画に仕上がったイーストウッドらしい傑作。
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