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すばらしき世界のERIのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
4.2
役所広司さんの凄みと、それに呼応するような実力派俳優のリアルな所在。この映画に登場する人全員(本当に一人も違わず)作品に馴染み、肯定し、真実味があって、とてもよかった。

社会の冷たい目や違和感と、それらを癒す器の大きさも全部、ただただ芳醇で愛おしかった。「すばらしき世界」とタイトルづけた西川美和監督のまなざしに私は圧倒されて涙を流すばかりだった。


公開初日、朝一番の回で観てきました「すばらしき世界」。上映後にはマスコミの入らない舞台挨拶もあって、憧れてやまない西川美和監督に感動し、役所広司さんのかっこよさにしびれ、太賀くんの本当に嬉しそうな喜びに関係ない私まで満たされ、六角さんと北村さんに笑わされっぱなしでした。上映後、いい映画を観た後の高揚感に包まれながら、マスコミのいない観客と作り手だけの舞台挨拶は純度の高いものしかそこにはなくて、登壇者ひとりひとりが順に挨拶をされている間、私はずっと泣きっぱなしだった。とても感動していたんだと思う。

本作は、14歳で少年院に入り、それ以降やくざの世界に身を置き、人を殺めてしまった罪で13年旭川刑務所で過ごした三上正夫が、東京の下町に出てきて普通の生活へ再生していく物語だ。

何といっても役所広司さんがとてつもなくて、終始釘付けだった。三上が育った施設に訪れてからの後半。役所さんも好きなシーンにあげていたお風呂のシーン。私はずっとずっと泣いていたと思う。人が社会の中で生きていく難しさと可笑しさと、三上の悔しさも喜びも全部わかって愛おしさでぎゅうぎゅうだった。

(全然関係ないのだけど、お風呂のシーンをぼーっとみながら、役所広司さんの背中を太賀くんが流しているその時間と、ドラマ「俺の家の話」で西田敏行さんの背中を長瀬くんが流している時間とが妙に連想されて仕方なかった。お芝居の中で裸になって想いを繋いでいく優しさが絶妙に素敵でたまらないな、、、とか考えていた)


この映画を観てるとき私は、自分の中にある「偏見」や「先入観」と向き合わざるを得なかった。ずっと自問自答しながら見ていた前半。もし、実際の現実で元ヤクザで、うまくいかないことがあると大きな声で人を非難する人がいたとき、寛容に受け止められることができるのだろうか。過去の罪を清算した後、その人とどのように接するだろうか。まっさらでいられるだろうか。そんなことをずっと考えていた。

三上は母に捨てられた後、まるで転がるように罪を重ねて生きていた。殺人にもきっと理由があったのだけど、頭に血が上りやすいある意味で正義を持つ彼が少し怖くもあった。

一方で、日々生きる中でつまづく何とも言い難い理不尽さが出所した後の三上に降りかかって自分のことのように悲しい。社会から外れる可能性は誰にだってある。失敗することもあればうまくいかないこともある。そういう時に社会はこんなにも元に戻りにくいものなのかと、改めて思い出していた。そうだった。どこにも入口が見えない孤独。働きたいと願う人が働けない現実。正しいことを声に出すと非難される社会。三上が生きる世界は遠い場所なんかじゃなくて、すぐそこにあるものだ。


三上という人物を見ていると人間の複雑さを思い知る。感情が豊かで正義感が強い、その分悪を見逃せなくて腕っぷしで切り込んできた人。世の中では割と「いい人」「悪い人」と他者を二分することがあるけれど(私も度々いってしまう)、三上や三上を取り囲む人たちを見ているとそういう評価は何の意味もないと痛感する。人の中にはその両方がある。善も悪も。悪のような顔をして実は善だったりもするし、善のような顔をして悪だったりもするのだ。

そんな複雑な人間同士が営み、時間を共有し、生きている。だから愛おしくてたまらないのだ。人と人とが関わる中で生まれる感情の機微がたっぷり詰まっている作品だった。

夜空を見上げながらの電話、黄色い自転車と白いホールケーキ、高価なまん丸メロン。そして、嵐から逃げた優しいコスモスの花。

こういう複雑さを愛せる人でありたいと、思った。
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