すずり

すばらしき世界のすずりのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
4.5
【感想】
人生の大半を獄中で過ごした1人の男。その出所後の余りにも窮屈な生活を、俳優陣の名演と鮮やかな映像で描き出した社会派な一作です。

役所広司が演じる【三上正夫】が殺人の罪で13年の刑期を終え出所するシーンから物語は突然始まります。
旭川の荘厳な雪景色の中から東京へと出てくる展開は、穏やかで変わり映えのない獄中からの急激な環境の変化を分かりやすく反映しており、地味に良い演出だと思いました。
冒頭に限らず本作は何度か場面の展開がありますが、その先々で淡い光を映し出すような映像とともに場面が切り替わる様子がなんとも印象的でした。
全編を通して地味な展開が多いながらも一貫して芸術性を感じさせる作風なのは、そのような光にフォーカスした淡いタッチによるものが大きいように感じます。

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そして、本作の最大の見所といえば、何といっても役所広司の圧倒的な名演技に尽きると思います。

子供達とサッカーをしていたところで突然泣き出してしまうシーンなど、非常に印象的な演技なシーンもあり、複雑な感情を抱く"三上"という1人の人物が画面の中で息づいて感じられるような、血肉の通った名演に感服しました。

母に捨てられ、ずっと孤独と焦りに苛まれ、社会に上手く溶け込めずにいる三上。
そんな彼の周りには、次第に彼の朴訥な人となりに惹かれた人々が集まり始めます。
最初は前科者という色眼鏡で三上を見ていた津乃田(TVディレクター)や松本(スーパー店員)といった人々も、その偏見を修正しつつ三上との仲を深めていきます。
この登場する様々な人々の交流の過程の描き方が、本作は非常に丁寧に描写されており見ていて凄く心を動かされました。

私も含め、世間では誰しもが実に多種多様な偏見や差別感情を抱いて日常生活を送っているように思います。
それはきっとある種のコミュニティの防衛機制であり、社会の構造上決して零にはなり得ないものだと個人的には思います。
しかし、あくまで差別"する側"に立てていた個人が、いつ社会の前提が覆り差別や偏見"される"側に回ってしまうのかについては、誰にも分かるものではありません。
他者を差別するものは、同様に他者に差別される可能性を孕んでいるのが、この大勢の人々が暮らす現代社会です。
我々も三上のように辛く苦しい立場になる可能性を秘めていることを忘れてはなりません。

だからこそ、偏見を心中に抱き他者を遠ざけようとするのは個人の自由ではありますが、その個人の身勝手な偏見が、ただ生きようとする他人の可能性を潰すものであってはならない。
そう感じさせてくれるような作品でした。

増税が続く現代の世相において、生活保護や高齢者扶助や障害者扶助の縮小を叫ぶ心無い若者達が増えたように感じますが、多くの境遇の人々が暮らしているこの広い社会に、今一度目を向けて欲しいように感じてしまいます。

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本作はその他にも非常に様々な示唆に富んでいます。
社会全体として、どれだけ服役者に更生の機会を与えるのか。ただ弾圧するだけで本当に良いのか。
社会の不当な偏見を減らすためにはどうすればいいのか。
あまりに難しいそれらの問題の答えは本作では明確に言及されているものではありませんが、このような作品に触れた際に一考し、個人個人が考えを巡らせることが非常に意味のあることであると感じます。


非常に示唆の深い一作です。
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