Hiroki

ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像のHirokiのレビュー・感想・評価

4.1
これはおもしろい!
とても巧妙な作りになっているんだけど、宗教的な要素が強いのでそこらへんに明るくないとダメかもしれない。

基本的には“名前のない名画”と“家族の話”という2つの軸があるんだけど、この2つが良い具合に絡み合ってくる。

主人公の画商オラヴィ(ヘイッキ・ノウシアイネン)がとあるオークションハウスで見つけたサインのないキリスト画。この作品が絶対に名画だと感じたオラヴィはなんとかお金をかき集めてこの絵を競り落とそうとするけど、資金が集まらない。そんな時に疎遠になっていた娘(ピルヨ・ヨンカ)にお金を借りようとするのだが…

まず重要なのがこの絵が“キリスト画”のため、これはつまり“イコン”だということ。
イコンは正教会におけるキリストや聖人などを描いた絵のことで、通常イコンは「聖なるものによって導かれている(描かせてもらっている)」と考えられているため自分の名前を記さない。
(ちなみに作中の字幕では「聖画」となっているが自分の認識では聖画はカトリック教会での言い方で、今回はレーピン=ロシア人=ロシア正教会という構造が成り立つので、「聖画」ではなく正教会の「イコン」が正しいと思うのだが…)

そこでこの名画が無記名の理由がわかるのだが、なぜ画商であるはずのオラヴィが“イコン”の存在に気づかないのか?という疑問が生まれる。

ここで家族の存在が出てくるのだけど、オラヴィは家族を顧みずに仕事(画商)に没頭していた事を娘から「誰かのために生きた事がない」と非難される。
つまり隣人愛に代表されるような“誰かのために自分を犠牲にした”キリストを描いた絵は“誰かのために生きた事がない”主人公にはわからない(その存在に気づく事ができない)という構造になっているのだ。
そしてオラヴィは店を畳んで孫からの手紙に涙する=誰かのために生きる事ができた瞬間に、美術館より留守電が入ってそれがイコンだから無記名だったという事がわかるのである。

これはかなり寓話的な作りではあるんだけれども、普通の破産寸前の画商とその家族の物語の裏側に、キリスト教の大定番ともいえる図式を綺麗に重ね描いているこの構造の美しさに気づいた時に、思わず見惚れてしまった。
めちゃくちゃ入り組んでいるわけでもなく、シンプルすぎるわけでもない。
本当に素晴らしいの一言でした。

たまーになんの前情報もなく、ジャンルもわからず、なんとなく借りるとだいたいこんな良作に出会えるのが、店舗で借りる醍醐味!

2020-89
Hiroki

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