映画狂人

花束みたいな恋をしたの映画狂人のレビュー・感想・評価

花束みたいな恋をした(2021年製作の映画)
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ごく稀にこの映画は自分の為の映画だと錯覚してしまう事があるが、正にそれが起きた。
押井守を見付けるなり
「神が居る!」
と大興奮しクロノスタシスって知ってる?からのAwesome City Club!
クーリンチェを観に行けなかったことを悔やみ、映画館でカウリスマキの新作を観るカップルなんて最高じゃないか。
現代日本に生きる人間であるならば
「好き嫌いは別として押井守を認知していることは広く一般常識であるべきです」
全くもってその通り。
この二人とは確実に友達になれる。
趣味に生きる人間にとって同じ言語や価値観を共有できる歓びは何物にも変え難い。
サブカル用語辞典のような二人の会話は固有名詞を知っていれば知っているほど前のめりになれるが、もし知らなければ何も楽しくはないだろう。
そういう意味では若手スター俳優二人による恋愛映画として間口は広いが、一つ一つのシーンや会話を深く考察し掘り下げれば掘り下げるほど旨味が滲み出て来るタイプの非常に高度な作品でもある。
先ず本作は『500日のサマー』の系譜であり『ビフォア』シリーズを彷彿とさせる「時間」を巡る物語が主軸として存在し、そこに現代日本社会の縮図と若い世代が痛感する不平等感をサブカル系男女の5年間の愛の記憶に当て嵌め、観客が自然と自分史とクロスオーバーして感情移入してしまう仕組みを生み出している。
ディテールに対するこだわりは劇中に頻出するサブカル要素に如実に投影されており、自称映画リテラシー高め男子が好きな作品に『ショーシャンクの空に』を挙げるシーンではシネフィル勢のニヤリ顔が目に浮かぶ(名作なのは確かだがにわかを表す記号として広く用いられる為)。
仕事に忙殺される余りカルチャーから離れていってしまう麦くんの姿には自分自身を重ねずには居られなかった。
サブカルやアートをこよなく愛し趣味に生きる身として、絹ちゃんの言う
「好きなことだけして生きていたいよ」
これ以上シンプルに胸にストンと入って来る言葉はない。
個人的にお金や出世には全く興味がないし、自分にとって仕事は生活の為の手段でしかなく正直どうでもいい。
四六時中時間に追われ、仕事や金の事を考え眉間に皺寄せてビジネス書を読み漁るような人間には絶対になりたくない。
そんなの、息をしながら死んでいるようなものじゃないか。
映画や音楽や自然や絵や本に触れて何を感じ、どう魂を揺さぶられたか、そしてそれを共有し語り合える歓び。
愛や夢や芸術以上に大切な事なんて世の中にあるだろうか?
若いカップルの誕生にかつての自分達を重ねて涙するファミレスでの一連の流れは本作のハイライト。
言葉一つ、視線一つがグサグサと突き刺さり胸を抉ってくる。
二人の関係性の変化と時間の流れにフォーカスし、単なる映画的な記号としてではなく社会を構成する上で明確な意味を持った文化的価値観の一つとしてサブカルチャーをピックアップし、生き辛い現代日本社会と折り合いを付ける事の難しさを若者二人の姿を通して丁寧に掬い取った坂本脚本の見事な完成度。
そしてそれを体現し、麦くんと絹ちゃんとして5年間を生きた主演二人は文句なしに素晴らしかった。
観終わった後に必ず誰かと語り合いたくなる一本。
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