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ミッドナイトスワンのyukacafeのレビュー・感想・評価

ミッドナイトスワン(2020年製作の映画)
4.5
予告編を観た時から心をつかんで離さなかった本作を、公開初週に鑑賞。925秒という長編の予告だったこともあって、事前にある程度はこの作品のメッセージを理解したつもりでいたのだが、実際には予告に盛り込まれていなかったシーンにこそ、考えさせられる要素が凝縮されていた気がする。

トランスジェンダーというテーマに正面から向き合った作品は、海外では「リリーのすべて」など数えきれないほどあるが、その実情をここまで掘り下げた邦画はかつてなかったのではないだろうか。

身体と心の性が異なるという根本的な苦しさに加え、周囲から向けられる差別的な目、自分を偽らないと昼の仕事にも就けないという現実、ホルモン治療後の辛い副作用。何よりも、一番自分を理解してほしいはずの母親から無神経に投げつけられる言葉。孤独を覚悟して、都会の片隅で必死に生きる凪沙から目が離せなかった。

衝撃を受けるシーンもいくつかあって、鑑賞直後にあれらのシーンは必要だったのか、もう少し予告に寄せた世界観の方が良かったのでは、という考えも一瞬頭をかすめたのだが、最近でも政治家が驚くような差別発言をしたり、偏見に満ちた考えを自ら発信する人もいたりして、あれくらいの衝撃がなければ、そういう歪んだ価値観を変えることはできないのでは、と思い直した。

誰もが本来の自分のまま、幸せに生きられるような世界になってほしいし、凪沙のように「どうして私だけ」と苦しむ人が一人でも減る社会になってほしい。 LGBTQだけではなく、多様な考え方、生き方があることが当たり前になってほしい。

あらゆる方面で絶賛されている草彅さんの佇まいはまさに圧巻で、普段の穏やかでリラックスした雰囲気とはまるで違う表情に驚かされた。中でも、バレエの先生から「お母さん」と言われた時の絶妙な表情が心に焼きついて離れない。男性の姿になっても凪沙そのもので、「ザ・ノンフィクション」などのドキュメンタリーを観ているように自然だった。

凪沙からは、孤独と闘いながら懸命に生きようとする美しさと、人生をかけて守りたいものに出会える幸せを、一果からは、夢中になれることから始まる希望を教えてもらった。その余韻は、数ヶ月経った今でもしっかりと心に残っている。
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