のこ

ミッドナイトスワンののこのレビュー・感想・評価

ミッドナイトスワン(2020年製作の映画)
3.5
トランスジェンダーの当事者です。
といってもFTM(女から男)ですが。

あまりに悲劇で、観賞後に小説版も読んだ上で「何故こんなにも悲劇にする必要があったのか」と酷評のレビューを書くつもりでした。でも、監督と西原さつきさんのインタビューを読んでやめました。

何故悲劇なのか。答えは簡単です。「悲劇」を世間は好むからです。あえてシスヘテロ男性を起用して、筋肉質な腕や角張った横顔を強調し、母性に目覚めて悩み苦しむ。そういうのがウケるからです。 凪沙には幸せになってほしかったと本気で思えるのに、現実にあるLGBTQ+の問題は他人事。これは別にLGBTに関わらず、障害も、貧困も、虐待も同じ。こういう矛盾が社会にはたしかに存在します。

社会派映画にせず、娯楽として成立させた監督が悪いわけじゃない。そもそも社会派映画がまるで売れない現状の日本で監督にだけ責任を押し付けるのは違うと自分は思います。
消費はしたい、感動はしたい、でも真面目なのは嫌、実際に自分に負担がのし掛かるのは嫌、知るためのアクションを自ら起こすことはしない。そういう”私自身を含む”我々の問題なんだと思います。自分は、いち映画に責任も期待も押し付ける気はありません。でも「泣けた〜」で終わらしてしまう人の多さを前に無力さを感じざるを得ない。当事者にとっては死活問題の現実なんですよ、全て。と思ってしまうから。

ちなみに、日本は2018年まで「乳腺摘出手術」も「性別適合手術」も”保険適用外”だったんですよね。今もホルモン注射は保険適用外だし、一度でもホルモンを打てば手術は適用外になります。そんなこと、この映画を見たうちの何割が知ろうとしてくれるんでしょう。

他はテーマ盛り込みすぎとか、りんと一果の関係性の描写が雑とか、感動のために死を利用しているように感じる点とか、母親至上主義的展開には色々思うことはありました。また、観客を信じて説明しすぎなかったところは評価の別れ目だと思います。説明すれば芸術的ではなくなるし、とはいえ「トランスジェンダーの人は貧困で大変」「オペは死の危険があって文字通り命懸け」というミスリードに引っかかってる人がちらほらいるところを見るとなんだかなぁとも思います。(MTFとFTMのオペ内容が異なることを前提としても、自分もタイで上下のオペをしましたが清潔な環境でしたし技術は日本より高いです。彼女が死を迎えるまで状態が悪化したのはセルフネグレクトのせいだけど、それが分かる描写がないので勘違いしている人が多い。)

個人的には、服部樹咲さんの演技、バレエの演出が最高でした。一果とりんの屋上の会話、実花と凪沙がバレエ教室で話すシーンも好きでした。ところどころに光る宝石のようなシーンがあって、そこが心に残っています。

追記:世間では評価を得ていることには納得しています。自分も当事者じゃなかったら恐らく絶賛したと思います。
のこ

のこ