南

アンテベラムの南のレビュー・感想・評価

アンテベラム(2020年製作の映画)
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「人種差別と悲惨すぎる暴力」

という強い社会的な要素を真正面から描き、問題提起をしつつ、

練られた構成と演出のおかげで説教臭くならず、

構えすぎずに楽しめる娯楽作品としても成立している。

奇跡的なバランスの脚本だ。

まず、4分に及ぶ冒頭の長回しワンカットで一気に心を掴まれた。

このシーンで何より目を引くのは、アメリカ南部の雄大な自然と夕暮れに染まる空。

そして美しい風景の中で行われる、残虐きわまりない行為。

両極端な要素が互いを引き立て合う秀逸なシーンだ。

なおかつマジックアワーというチャンスの限られた時間帯で、『黒い罠』よろしく沢山の人物の行動を綿密に組み合わせた事実に驚く。

人種差別をテーマに「美しい自然と残虐行為の対比」を描いた作品といえば『それでも夜は明ける』のとある長回しを真っ先に思い出すが、『アンテべラム』の冒頭もそれに並ぶ名シーンだ。

フォークナーの引用で幕を開ける今作は、南部ゴシック小説を思わせる「不気味さ」「得体の知れなさ」の演出も見事だった。

特筆すべきはレストランにおいて、着座の主人公たちと、彼女たちを見下ろすナンパ師の胴から下だけを同時に映すシーンだ。

顔が見えずほとんど喋りもしない正体不明の人物から見下ろされた状態が続くため、圧迫感が半端でないのだ。不安で仕方ない。

『激突!』のトラック運転手や『見えない恐怖』の顔を見せない敵のように、今に襲ってくるんじゃないかとヒヤヒヤする。

観客は序盤で、一見温和に見えた青年が豹変して妊婦さんに暴行を働くトラウマシーンを見せられているため尚さら疑心暗鬼がつのる。

シーンが持つ効果が重層的だ。上手い。

結果的にこのナンパ師は何でもない人物と分かるのだが、この演出には『ローズマリーの赤ちゃん』でミア・ファローが入っている電話ボックスの外で立ち続ける顔の見えない男を思い出した。

観客の不安感をじわじわ煽る巧みな演出だった。
南