特化型

三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実の特化型のレビュー・感想・評価

5.0
自分が主人公になったと思える場所があると人は(男は)命をも捨てられる。
私にも、身捨つるほどの故郷はあるのだろうか?(寺山修司の引用)

その熱が例え何も生まない空虚なものであったとしても、熱に浮かされないと生きていけない弱さが、自決という結果を産んだのか。
ならば私は意味のある熱に浮かされて死にたい

女に、主役になれる場所、自分が国の運命を左右すると思える機会(一種のセカイ系のような)、自分の運命を行使することが奪われている、そもそも自分が社会を変えるという発想自体がないのだね
個の物語と国家の物語は繋がっている、政治的なことは個人的なこと、これを女が思えるところから革命は始まるのだと、唱えていきたい その中に生まれるホモソが、シスターフッドと呼べるだろう


結局言葉が勝ってしまうのは実写版Twitterだな 実写版なだけマシか……。


元を辿れば同じ敵がいて、それを倒すために共闘できるはずの人間たちを左と右に分けて二項対立にしたがるのは今も昔も変わらないし、まあこの映画に映ってた人たちも本気で共闘しよう敵を倒そうなんぞ思ってないからピーチクパーチクお喋り会してるんだなって感じです
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