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ミナリのotomisanのレビュー・感想・評価

ミナリ(2020年製作の映画)
4.0
 渡米10年、長男としてずっと弟妹たちへの支援を担ってきたんだろう。実家への仕送りも役目を終えて、これからは自分の夢をかなえるために働きたいジェイコブなんだが、ひよこの鑑別名人で重用されるというのになんで奥地アーカンソー州の人外境で小屋住まいしなければならないのか?
 そして、家族の事、とりわけ心臓病の息子への心配をよそになんで名人の技で稼がずに韓国野菜の農家を一から立ち上げないといけないのか?そこが細君は納得がいかない。
 これに応える名人は、子どもたちに成功者の姿を見せてやりたいのだという。ひとたび立てた志は貫かないといけないともいう。大規模養鶏が広まる中、特殊技能のひよこ鑑定は機械じゃこなせない手仕事、その名人なら十分成功者だろうが、根っからの土いじり魂をソウル育ちの細君は察してくれそうにない。
 夫婦喧嘩の火種はそれだけだろうか?稼ぎから持ち出され続けた仕送りだって、戦争のせいで母ひとり子ひとりの細君にしてみれば、家族をおろそかにするようでおもしろくはあるまい。それでも夫婦が続いたのは韓国人社会の助け合いがある西海岸だったから。その歯止めもとうとう外してしまって、子どもたちが小さいのをいいことにアーカンソー良いとこ、と丸め込もうとしても通用するだろうか。

 ほんとうにそれでいいのか?夢の野菜農家だが、井戸は涸れるわ水道代は払えないわ作物の販路も断たれるわの障害続き。それでも、いつでも名人技の稼ぎで取り戻せると観てるこちらもどこか緊張感が緩んでしまう。子どもらのために国許から妻のおっかさんにも来てもらってもう安心と思ったら、いつしかこのおっかさんも寝小便たれ息子曰く「へんなおばあさん」に降格されて更に新たな火種となってくる。

 しかし、例えば竜巻なら日照りならどうだろう、なにが来ようとひよこ鑑定と違って農家は丸裸になろうとどこにも行けない。それを思えば納屋とその日の収穫を失っただけでどうして息の根を止められるだろう。
 あした息子が死んでしまおうとひとたび始まった農家は止むことがない。それどころか息子の心臓はこの水のいい人外境に来て、へんなおばあさんに関わってあれだけ走り回っても穴がふさがりつつあるのだ。それならば、この暮らしのどこに最悪があるだろう。
 何かとうまくいかない道のりでも、水がよければいいセリが育つようにどこかに何かが宝として残ってくれる。たとえ「イワシの頭」のようなダウジングに頼ろうとも、この地を墓所と信じていれば救いは見つかるだろう。
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