無味

佐々木、イン、マイマインの無味のレビュー・感想・評価

佐々木、イン、マイマイン(2020年製作の映画)
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顔全体が綻ぶその屈託のない笑顔の中に、一瞬の翳りが現れる瞬間をわたしは見逃したくない。そのひと自身にも、そのひとが纏う情調にも、わたしは魅了されているのだと思う。そのひとは苦しいから笑うのに、それを感じさせないようにと凛とした態度を貫いている。しかるべき時が来るまで絶対に気付かれたくない気持ち。そのひとに抱くわたしの気持ちが具体的にどんなものなのかと問われても、漠然としていてまるで表現することができない。「しかるべき時」がいつ到来するのか、そもそも存在するのかすら分からない。わたしはただ、そのひとの首筋が波打つ大きな鼓動を捉える。それは口に溜まった唾液と吐露しそうになった言葉を飲み込む姿。わたしとそのひとの距離を以ってしては聞こえないはずの、邪悪なのに清廉な、清廉なのに邪悪な喉の音が聞こえた気がして、わたしはそこで我に返った。0.25倍速になっていた時間のスピードを元通りに設定し直す。再びそのひとの顔を見たときには、直前までそこにあったと思われる苦しみの残像を追うことしかできなかった。もう少しスローモーションな時間を体感すべきだったと後悔するが、顔だけをじっと見つめていてはわたしの視線に気付かれてしまう。いい塩梅ってなかなか難しいものだと思う。そもそも、わたしが見た苦しみの残像はわたしの妄想が映した単なる虚像だったかもしれない。鮮明な妄想は幻想となり、次なる妄想を引き起こす。それもまた鮮明である。断続的な幻想の狭間に入り込む現実のおかげで、フィクションを含むそのストーリーはますます現実味を帯びていく。わたしはそのひとが耐えきれなかった苦しみの一瞬を見逃したくない。いや、見逃したことなどない。歪んだ口角や困ったように落とす眉。光のない瞳を隠すために無理やり目を細めるとき、筋肉はかなり緊張し、まぶたは僅かに震えていた。わたしにはそれが見て取れるから。全部わかるから。わたし以外誰もわからなければいいから。あなた自身にもわかってほしくないから。苦しさなんて気付かなくていいから。わたしが教えてあげたいから。苦しそうに笑う顔が好きで、苦しいのに笑うひとが好きで、それは性別を問わず適用される性癖と言えばそれ以下でもそれ以上でもないかもしれない。好きって言えば簡単だけど、恋や愛に含まれるはずのない汚い気持ちだっていっぱい混ざっていた。佐々木は元気にしているんだろうか。わたしは佐々木から目が離せなくて苦しかった。いや、あの頃は苦しくなんかなかった。考えないようにしていた。全力で走って、からっからに笑っていた。必死に脇へ追いやっていたあの頃の苦しさが、一気になだれ込んできた感覚がある。邪悪なのに清廉な、清廉なのに邪悪な喉の音が頭の中で反響している。気付けばそれは力強い太鼓の音に変わっている。佐々木が放つその音に今また突き動かされて、全力で走って、からっからに笑って、面倒くさい性癖を、わたしの苦しさを、佐々木の苦しさを、今度は受け止めるから、そしてまた変わらず、思い出の刹那に
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