豚アーニャ

空白の豚アーニャのレビュー・感想・評価

空白(2021年製作の映画)
-
ずっとキツくて苦しい映画
脚本と演出が素晴らしかったです。

何が苦しいか、どこまでも自分の思いを膨らませて膨らませて、ちょっとでも伝わってほしいのに、当人に届かないこと。答えが出ない空白と向き合い続ける。登場人物全員、目の前にいる相手、いない相手に拒絶され続けてる。良きことをしよう、償おう。自分としての人間を張らせてもらおう、わかってもらおう。はたしてそれが100%受け入れてもらえるわけもない。だからといって自分を主張しなくていいわけではない。「相手」がわからなく、そしてむなしくなる。
そんな両極端の主人公2人を軸にした、二極化出来ない作品。

【空白】紙面などの何も書いていない部分。転じて、むなしく何もないこと。
人の心が死んでいく様が見てて辛かった。祭り上げられ、拒絶され続ける。良い意味でも悪い意味でも「私」が続いていて辛かった。「私」が続くと死ぬ。だからこそ「私」を見る「あなた」が、誰にも必要。

親父は、もちろん娘が死んで悲しいと思っていたのはわかったけど、「自分の娘が殺された」という、プライドを傷付けられた怒りに駆られてるように見えた。序盤の当たり散らす様とDV防止の張り紙と、離婚している事実から親父の気性の荒さが匂っていた。けど、作品が進むごとに自分の気持ちに折り合いを付けて周りを理解しようとしていく。絶対に間違えてないとガンと周りを跳ね除けてたのに、間違えていたのかもしれないと思うようになる。作品とは全く関係ないけどこういうタイプが嫌いなので共感は一切できなかった。
だから、弟子と元嫁さんが優しくて救われた。
親父と、轢いてしまった娘のオフクロさんとの葬儀は、遺影からエピソードから対比に作り込まれてたし、自分を張ったオフクロさんに震えた。
自分の娘が、クラスのほとんどの人に「存在感無かった」と言われるのはキツいだろうな。自分が写っている写真の、自分の顔を黒で塗り潰していた女の子が、「1人で黙々と」鮮やかで綺麗な絵を書いていたのは泣けた。

アオヤギの店長は、自分を出すのが苦手なタイプでもあるし、周りを拒絶してるようにも見えた。けど、店長サイドはパートのおばさんが主役級に感じた。「正しいと思ったことは言わなきゃ」とは、店長の婆ちゃんも言ってたことがキーワードのように思えた。良かれとしている事が本当に相手の為なのか、押し付けてないか、ボランティアが正しいのか。など、自分の「正しい」を肯定する為の行為は、偽善者と言われても仕方ないと思ってる。おばちゃんが求めてた正解は全部人からの答えでしかわからず、自分がどこまで突き詰めても空白しかないから。気の弱そうな人に強く当たってもいる一面もあった。その時点で個人的におばちゃんにはタイプの違う親父として、通ずるものを感じた。
親父とおばちゃんで何が違うんだろうと考えた。それは、おばちゃんの「押し付けがましい正しい」は、少なからず、おばちゃんの行動で救ってる人もいた。ある意味頑固者な面も映されていたし、無理矢理なところもあったし、オカン気質でウザいところもあった。自分がやりたいことをやっていると思う。ただ、この映画に人と人の繋がりを冷たく感じさせながら、「相手」に向かって「優しくしよう」と行動していると受け入れてもいいと思える人物だった。
無理矢理キスして「私がキモいから…?」と自己嫌悪に陥るのはマジで相手の事を考えてないなと思いつつ、カレーの鍋を片して泣いてる時は「私の気持ちを理解してもらえない」と思って泣いているのかなと思いつつ「こんなことして何になるんだろ」と考えてたのかなと思えた。
店長サイドでは、パートの鬱陶しいおばちゃんの事ばかり考えてしまった。

綺麗な雲のシーンまで色味を感じなくなるぐらい落ち込んでたけど、途中、久しぶりに話す友達から電話がかかってきて、なんか嬉しくなってしまった。
豚アーニャ

豚アーニャ