かつては尊皇攘夷のために敵対する人間を次々と手に掛けた「人斬り以蔵」こと岡田以蔵。しかし酒色に溺れ、同士にも見放され無宿人(お寺の人別帳に名前が無い人=江戸時代のお寺は人別帳で実質戸籍を管理していたので、今で言う戸籍のない人)まで落ちぶれてしまった以蔵は、好き合っている女のために仲間を売るが、それが原因で大事件が起きてしまう…。
戦後、新撰組に注目が当たり、チャンバラ場面も多いことからなにかと映像や漫画、小説などあらゆるメディアで取り上げることが多い「池田屋事件」。この映画は新撰組側では無く、情報提供者やその周辺の市井の人間を中心に描いている珍しい作品に仕上がっている(こういう作品はあとは山中貞雄の追悼映画「ある前夜」ぐらいか?)。
ただ「人斬り」の勝新のように岡田以蔵が大暴れする映画と期待すると裏切られることに(私もそうでした)。何しろ以蔵は冒頭から無宿人になっているし、それからはチャンバラシーンは無く、以蔵が金や生活のことで苦悩する姿を延々と見せられ、いささか辟易することに。またキャスティングも地味で、ただでさえ暗い内容をより暗くしている気が(「脇役本」に掲載されていた秋月正夫の女衒役は見事)。
しかし新撰組の近藤勇が出てきてからは見所が増えていく。辰巳柳太郎の近藤は大抵の新撰組作品で出てくる威厳のある立派な風格の侍ではなく、登場するやいきなり子猫の頭に紙袋を入れて遊ぶ姿や、池田屋事件で部下と志士の斬り合いを平然と見つめ、後から悠然と出て来て何のためらいもなく志士を斬り殺していく姿などサイコパスな男として描かれている。近藤の出番は少ないものの、辰巳の狂気を感じる演技に私は目が離せなかった。
そして後半、必殺仕掛人の「地獄花」のように愛する女を救うため友を売って金を得た男と、愛する男を救うため身を売った女の悲劇も見ていてズシンときた。そのあとも裏切り者として土佐藩に追われながらも、互いを思いやって行動する二人の誠実さがより悲しさを増す。
ラストが長く、全体的に中弛みしているところがあるけど後半のチャンバラの多さと、男女の悲劇が濃厚に描かれていて見事な時代劇に仕上がっている。
ちなみに島田御大の岡田の演技といい、まげを結わない長髪スタイルといい、どこか萩原健一を思わずにはいられなかった。特に自分を付けてきた男に情報を聞くため、首を絞めたり徹底的にいたぶったあと殺したり、酒場で池田屋事件の話を聞いてキレたりするクレイジーな演技。