あんじょーら

あのこは貴族のあんじょーらのレビュー・感想・評価

あのこは貴族(2021年製作の映画)
3.8
かなりハイソなご家庭の、お正月のホテルでの家族の会食の席に1人遅れている榛原華子(門脇麦)はタクシーでホテルに向かっているのですが・・・というのが冒頭です。


凄く良い出来の映画だと思いますし、凄く今、2021年の映画、という感じがします。それに恐らく人によっては永遠のテーマであろう結婚についての映画でもありますし、東京育ちと地方育ちの話しでもあります。


原作があり、同じ原作者の映画で廣木隆一監督作品「ここは退屈迎えに来て」を見ていますが、こちらの作品にも門脇麦さんが出演されていて、こちらはもうひとつ私にはピンとこなかったのですが、今作は素晴らしい出来栄えですし脚本も、そして映画の見せ方としても良いと思います。これは題材もですけれど、監督の個性なんじゃないかな、と思う次第です。



結婚に対するスタンスは人それぞれですし、それは生き方の問題なので、それぞれが自由に考えて良いと思いますが、漠然と、相手もいないのに、結婚したい、という考え方が分かりません。それは夢であり、刷り込みであり、依存でもあるような気がします。しかし、確実に、前時代的には、女性は結婚しないと生きていけない雰囲気や経済的状況はあったと思います。その名残は間違いなくあるものですし、その余波や教育は仕方ない部分もあると思います。思いますが、それでも、2000年代に入って、教育された事、刷り込みを前提に、すべてを肯定的にしか見ない、批評性や批判性が自己の中から立ち上がらない場合は、少し問題があると思います。自分で考える事の重要性だとも思います。でも、常套句で言われる『大切に育てられた』は『世間知らず』と同義に使われますし、それが女性であれば、更に良い子を演じる事含んで、考える、という事をしなくなると思いますし、非常に受動的な人間を作っている事に繋がります。



さらに絶対に替えの効かない経験、出自としての東京という内部(もちろんその中にもグラデーションがあります)と東京以外という外部、というテーマを扱った作品です。生まれる場所は誰も選べません。その中に埋もれるのか、それとも外部を目指すのか、大変興味深いテーマです。





役者陣はすべての人が良かったと思います。主要人物の5名、恐らくキャスティングだけ、主要登場人物の大まかな説明だけ聞いたら、門脇麦と水原希子は、逆でも面白かったんじゃないか、というのは東京ポッド許可局のPKことプチ鹿島さんがおっしゃっていましたが、確かにその通りにも感じます。でも、それでも、この箱入り娘感があって嫌味にならないのは門脇さんだったのかな、とも思います。特に門脇さん周囲の演出は素晴らしかったと思います。何となくハイソな家柄の中身を垣間見る、覗き見趣味的な感覚もあるのに、そこで嫌味にならない、清楚とも違う、ハイソな人にだけ許される行儀の悪さがチャーミングになる部分とか、本当に上手いです。




対して水原希子さんの、変容、越境者として後天的に自覚的な部分も印象的です。その変化が上手いし映えます。とても合っているキャスティングだと思います。化粧や衣服での変化が私のような化粧や衣服に詳しくない人でも分かる演出になっていると思います。



さらに、もっとハイソ、この映画の中の「きぞく」は、高良健吾さんが演じる家柄であり、それこそ家を存続させる事に、物凄く強い負荷が常にかかっている状況な訳ですけれど、非常に空疎な世界に、仕事でもプライベートでも浸っている感じが、とても上手かったです。



そして、非常に重要な役目を背負っている、石橋静河さんと山下リオさんがとても良かった。出演時間にすれば、当然主演の3名よりは少ないのですけれど、この映画の肝はこの2名が担っていますし、魅力的でもあります。もっと言うとロールモデルになると思うのです。



凄く対照的な2人、そしてその家族が描かれているわけですけれど、保守的、と言う意味でどちらの家族も同じなのが、凄く日本的。それは恐らく、個人よりも家族やコミュニティを重視しているからで、そこから出て行こうとする個人にとても冷たい。愛の反対は憎悪ではなくて無関心。この無関心まで行かない連帯が、男性にも女性にも存在する事が稀なのが、とても私には日本的に感じました。それでも、少子化がここまで進み、世帯を構成する割合で30%になろうとするうちの国の事を考えると変化の兆しがあると思います。もう家族を構成する最少人数の個人が世帯構成で言うと3割、という現実は結構重いと思います。でも、この映画の中のきぞくである政治家を輩出する家系は生き延びていくのでしょうけれど。それに、このハイソサエティで文化を支えられる層がある事の良い面もありますから。私は母親と美術展には言った事が無かったなぁ。



この映画は、現状を表しているとは言え、親の世代、これから親になる可能性のある人にオススメしたいです。私は子育ては正解のない、難易度が異常に高い、自分の自由な時間を削られる事象だと考えていますけれど、それはかなり幼いころから感じていますし、世界が複雑になればなるほど、より難易度が高くなる傾向にあると思います。少子化が進むのは当然だと思うのですが、それでも、親になる可能性がある人に、オススメ致します。



ヘンな例えになりますけれど、この手の話しの後に、私の頭の中に浮かぶのはリチャード・ドーキンスのいう生命は遺伝子の乗り物、という考え方を初めて超越する事が出来るようになったんじゃないかな、という事なんです。遺伝子を残す事よりも、生きている間の快楽を選択できるようになったのではないか?と夢想するわけです。社会が複雑になるというのは、テクノロジーが進歩するという事は、負の側面も必ず存在するし、その側面が人生の大半の楽しみを奪う可能性があるのであれば、選択肢が出てくるという事なんですけれど。




結構いろいろ思うところあり、ネタバレありの感想は結構長くなりそうです。