おかだ

スパイの妻のおかだのネタバレレビュー・内容・結末

スパイの妻(2020年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

おもしろ時代劇ミステリー


2020年のヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞受賞ということで、初めて観てきました黒沢清監督。

なんともいかついチョイスが目立つので、歴代受賞作品をほとんど観れていない同映画賞において、日本人監督が監督賞を受賞したというボンヤリした評判となんとなくタイミングが合ったので鑑賞。

なるほど身構えておりましたが、非常にコンパクトで娯楽色も強めのジャンル映画に仕上がっておりました。


舞台が戦時中であり、また、マクガフィンも国家機密に関わるあれこれということで、戦争映画なのかなとか、スパイ映画なのかなとか思っていたけれど、実際はもっと俗っぽいラブロマンスとミステリージャンル。

ということなので脚本がまずはとにかく面白い。

主人公の蒼井優が、どうにも胡散臭い夫の高橋一生が何かを企んでいるらしいというのを暴こうとする、大仰な痴話喧嘩からスタートして二転三転していくシナリオがお見事でした。

観客の視点を担う蒼井優のひたむきな捜査から何となく話が見え始めてくる前半と、それを機に彼女が今度は形勢逆転による夫との歪んだラブロマンスの結実を目論むというなんとも不気味な後半。

彼女のセリフにもあったけれど、国家にも正義にも興味はなく、あくまでも自らのラブロマンスを何よりも優先させる蒼井優の姿勢。
それに対して自分はメトロポリタンの従者であるなどとうそぶき、彼女をいなそうとする高橋一生。
1940年代の戦時中日本に、軍の人体実験など、大袈裟な背景を持ちながらも、この夫婦間のスタンス戦争といミクロな物語にピントを合わせてくる展開がやはり面白い。

NHKドラマ的なセットのロケーションや衣装も見栄え良く、調子外れた奇妙なBGMもとても良く合っていて飽きがこない。


それから細かい描写、ショット作りの数々が見事。
冒頭で高橋一生が妻の蒼井優を主演に撮る茶番極まりない自主制作映画が、随所に効いてくる演出はものすごい。
フィルムの入れ替えという露骨な仕掛けもさながら、リアルでの金庫開けシーンとのリンクや、仮面というモチーフの使い方も良し。
またもう一つ、作中で登場するフィルム、人体実験の記録であるが、ここでも映画が本来持つ記録性という特性にメタ的に訴求しつつ、ラストの分かりやすいコンゲーム的なトリックにも絡めてくる。

序盤の倉庫からすでに、チェス盤という小道具のさりげない見切らせ方も上手いし、このチェス盤が物理的な舞台装置になりつつ、今作のシナリオの隠喩にもなっているという抜かりなさ。

また1940年代にアメリカに旅行に行くという序盤のパートで見られるミュージカルタッチな描写による今後の展開のミスリードもいやらしい。


あとは全体的に、人物の顔の写し方が特徴的であったり、演劇チックな役者の振る舞いにも興味がある。

そのほか、セットのポスターや、溝口健二をはじめ登場する映画監督の名前などの間テクスト性についても考えてみたいし、シナリオで影響を受けたという増村保造の映画も見てみたいと思った。


という訳で、めちゃくちゃNHKの時代劇チックな画面で戦争や国家機密を扱いながらもめちゃくちゃに俗っぽいミステリージャンル映画をやってみせるという奇妙な今作ですが、とても面白かったです。
黒沢清監督の他の作品も観てみたいなと思いました。
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