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ノマドランドのsanchangのネタバレレビュー・内容・結末

ノマドランド(2020年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

アメリカの荒野をヴァンで旅するノマド(放浪者)を描いたクロエジャオの最新作。
主人公であるファーン役を演じるフランシスマクドーマンド以外はほぼ旅路で出会った本人たちと思われる。
また、ストーリーに起伏は少なく、極端なほどにリアリティを追及するため、ほぼドキュメンタリー映画を見ている感覚。
クロエジャオの強烈な作家性と言える。(前作の「ザ・ライダー」は主人公すら本人だった。)

鑑賞前はその設定から、極端に資本主義化したアメリカ社会への警鐘としての映画を想像していた。
たしかに社会からこぼれ落ちたノマドたちはある意味では貧困や社会システムの犠牲者と言えるし、彼らの存在を描くことでアメリカ社会の暗部を描き出した作品ではある。
しかし、そういった社会への眼差しよりも、この映画は一人の女性が自ら社会システムに組み込まれることを拒否し、自分の意志を貫く映画である。そして、ファーンを含め誰一人として豊かとは言えない生活を送っているにも関わらず、自らの目で自然に触れ、人と接し、旅することを選択した強い意志の持ち主たちの映画である。

彼らは言う、「僕たちはさよならは言わない、またどこかで会おう(See you down the road)と言うんだ」
夫の死後しばらく経過しても、決して外そうとしないファーンの結婚指輪、円の形は終わりがないことを象徴する。そして彼らの旅にも終わりはなく、またいつかどこかで必ず会えることを信じて旅を続ける。
まさにこの映画は1960年代を席捲したビートニクの金字塔「オンザロード」なのだと思った。当時と比べると勢いや熱狂はない。しかしそれでも、脈々と受け継がれるアメリカの自由の象徴「路上(オンザロード)」。その精神は60年を経た今も生き続け、アジア系の映画監督によって静かなロードムービーとなった。

さらに言うとこの映画は、夫との思い出を断ち切れないファーンの切ないラブストーリーでもある。終盤、ファーンがエンパイアの街を出なかった理由が語られる。工場に勤め、その城下町の社宅に住んでいた夫妻。彼らにとってはその街がすべてだった。夫が生きた証である街を出られなかったファーン。そして今も、かつての家の裏窓から見えた荒野を忘れられず、ノマド生活を続けている。

決して面白い映画ではないし、鑑賞中は退屈さも感じたが、それでも、考えれば考えるほど、様々なグラデーションを備えた力強い作品であることがじわじわと分かってくる映画である。
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